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こころ

今日は、私の愛読誌・月刊『致知』11月号より、アサヒビール社友・福地茂雄氏の〝巻頭の言葉〟をご紹介します。

           ◆     ◆     ◆     ◆

「心だに 誠の道にかなひなば 祈らずとても 神や守らん」

菅原道真の作と伝えられるこの歌を私の母は生前よく口にしていました。

母は毎朝4時に起床し、神棚や井戸端の水神様、仏壇などに茶湯・米飯をお供えするのが日課でしたが、神仏に手を合わせる姿はついぞ見たことがありません。


しかし信仰心は人一倍篤く、ご先祖様を心から敬っておりました。

一方の父はも極めて熱心な日蓮宗の信者で、朝夕の朗々とした度胸の声は僧侶を凌ぐほどのものでした。

台東区の某仏具店の看板に、「こころはかたちを求め、かたちはこころをすすめる」 とあります。

こころは神仏を敬う心、かたちは神棚や仏壇を指しているのでしょうか。

かたちを整えることによって、神仏を敬うこころが養われることを説いているように思われます。

これを踏まえて両親の姿を振り返れば、父の信仰はかたちの後でこころに至り、母の信仰はこころを大切にしていたことが実感されます。

思いがけないところで、人間の生き方、さらには経営の在り方にも示唆を得た気がして、この言葉は深く印象に残っています。


       

今の我が国は、かたちにおいてはあらゆる方面で整ってきたと言えるでしょう。

しかし、かたちに伴うこころをどこかに置き忘れてきてはいないか、と私は憂慮しています。

サッカーや野球の国際試合では、顔に日の丸を描き、必勝と書かれた鉢巻を締めた若者たちが 「ニッポン、ニッポン」 と連呼する姿をよく見かけます。

しかし彼らには、自分の国を自分で守ろうとする愛国心はあるのでしょうか。

スタジアムで大きな旗を振りながら熱狂的な声援を送る彼らの中に、自分たちを育んでくれた郷土の〝かたち〟に愛着を持ち、郷土愛という〝こころ〟を育んでいる人がどれ程いるでしょうか。

企業においても、売上高や利益水準などの経営数値はかつてとは比べものにならないくらい大きくなりましたが、企業統治の不良や検査不正は後を絶ちません。

自分が求めて入った企業を愛する〝こころ〟が希薄になっているところに、その真因があるように思います。

教育においても同様です。

キャンパスという〝かたち〟だけは立派になりましたが、教育内容という〝こころ〟が近隣諸国や諸外国と比較して著しく劣っていることは、統計資料の示す通りです。

知識はもとより、人格を育み、人間をつくる教育は欠如していないでしょうか。

家庭も例外ではありません。

家屋は総じて立派になったものの、肝心の家庭がなくなった現状では、三世代同居という言葉も虚しく響くばかりです。

私の母は『あゝ玉杯に花うけて』『風の又三郎』といった少年小説を買い与えるなどして私の〝こころ〟を育んでくれ、父はご先祖様を敬う〝こころ〟の大切さを教えてくれました。

親は子を大切にし、子は親を敬う。

家庭の〝こころ〟はどこへ行ってしまったのでしょう。

国を愛するこころも、自分たちを育んでくれた郷土を愛するこころも、母校を愛し先生を尊敬するこころも、祖父母や両親に感謝するこころも、子や孫を慈しむこころも希薄になってきている今、私たちは〝かたち〟と同様に〝こころ〟も大切にしなければならないことを、胸に刻まなければなりません。


           ◆     ◆     ◆     ◆


祖国を愛する若者の比率が、日本は国際的に見て大きく劣るという統計がありました。

仏作って魂を入れ忘れた結果が、そこに出ているといえるかもしれません。


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