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創造者

今日は、クイズからスタートです。

少々古い話で恐縮ですが、アメリカのニュース雑誌『TIME』が、1999年に〝20世紀で最も重要な100人(The Most Important People of the Century )〟を発表した際、この中に唯一の日本人として〝時代の創造者と偉大な人物Builders and Titans )部門の20人の中に選出した経営者は、誰でしょう?


松下幸之助の名が思い浮かんだ方もいる思いますが、然に非ず。 


正解は、SONY創業者の一人


  盛田 昭夫  


今日は、この世界にその名を馳せた名経営者の命日・没後20周年にあたります。


       


盛田氏は、1921(大正10)年に愛知県の造り酒屋の第14代当主の長男として生まれました。


本来ならば15代目として家業を継ぐ立場にありながら、子供の頃母親が聴いていたビクター製の電蓄の素晴らしい音に魅了され、独学で電蓄とラジオ受信機を組み立てた科学少年は、大阪帝国大学理学部物理学科を卒業後、海軍技術中尉時代に戦時科学技術研究会で知り合った井深大氏と、1946年に 『東京通信工業』 を設立。 


反対するどころか長男の思いに理解を示し、逆にたびたび資金援助をしてくれた父親は、後にSONYの大株主になったそうな。


    

       盛田氏(左)と井深氏 (1967年1月の社内報より)


その後は次々と独創的な新製品を開発・販売、盛田氏自らもアメリカに渡ってトランジスタラジオの売り込みに心血を注がれました。

妻子と共にアメリカに移住したことは、その後の海外赴任サラリーマンの先鞭をつけることに。


当時〝粗悪品〟と揶揄され相手にされなかった日本製品を売り込むのに大変な苦労をしたエピソードは、ビクターとのビデオ開発競争と共にNHK・『プロジェクトX』 で取り上げられ、またウォークマンの開発・販売に関わるなど、その活躍の幅の広さは他の追随を許しません。


また経団連の副会長を務める傍ら、石原慎太郎氏と共著で 『Noと言える日本』 を上梓してベストセラーとなり、はっきりとモノを言う経営者として国内外に大きな影響を残されました。

その評価の証しが、冒頭の『TIME』誌の選出だったと言えましょう。


また自らが東フィルの会長職に就くなど、企業のメセナ活動の先陣を切ったことでも知られています。


しかし(後に大前研一氏がそのスケジュールを見て気絶しそうになったという程)超過密スケジュールをこなしていた72歳の盛田氏が、テニスをしていた時に気分が悪くなり、その数時間後に脳内出血で倒れたのは、1993年11月末。

一命をとりとめたものの、その後車椅子生活となった彼が静養先のハワイで再び発作を起こし、その数ヶ月後に肺炎のため78歳でこの世を去ったのは、まさにTIME誌が彼を選出した1999(平成11)年の10月3日でした。


盛田氏はMADE IN JAPAN - わが体験的国際戦略(朝日文庫・刊)など多くの著作と数々の語録を残されていますが、その中でも私の心に残るのはこの一言。


        


「適材適所というのは自分で決めるものだ。 働く場所は自分で選べ 」


とかく適材適所というのは、雇用側が従業員の適性を見て配置する・・・というのが日本の感覚ですが、盛田氏は


「自分のやりたい仕事は自分で選び、それが合わなかったら自分で出ていくべきだ」


と説くのです。


もしそれが組織の中で浸透すれば、確かにスタッフのモチベーションも上がり、業績も上がるでしょうネ。

またアメリカでのビジネスを展開した盛田氏が、その経験から同国のドライな経営ではなく、日本型の家族経営・・・つまり従業員を家族同様大切に扱うべきと唱えているのも、面白いところ。


これからますますグローバルな競争が激化する中、国際人・盛田氏の教えは一層評価されるべきではないでしょうか?


そんな盛田氏に関する良書が、3年ほど前に出版されました。 

  『ソニー 盛田昭夫 〝時代の才能〟を本気にさせたリーダー』 

                     (森 健二・著 ダイヤモンド社・刊)


        


盛田氏を直接知らぬ若い世代にも、かつて日本にこういう気概のある経営者、いやビジネスマンがいたことを教えてくれます。

久しぶりに同書のページをめくりつつ、〝20世紀を代表する偉大な創造者〟のご冥福を祈りたいと思います。


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