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帆 布

今は〝Gパン〟とは言わないんだそうですネ。

Gパンとは、戦後日本に駐留していたアメリカ兵が GI government issue )と呼ばれ、その彼らが穿いていたことからそう呼ばれるようになったというのが、有力説だとか。

このGパン・・・いや、ジーンズのトップ・ブランドとして有名なのがリーバイスですが、今日はこのブランド・メーカーである 『リーバイ・ストラウス社』 の創業者、

 
リーバイ・ストラウス

     Levi Strauss


の命日にあたります。

        


リーバイは1829年に織物の行商人だったユダヤ系ドイツ人の父ヒルシュ・ストラウスと二番目の妻との間の3番目の子として、ドイツのブッケンハイムに生まれました。

しかし彼が16歳の時に父親が亡くなったため、母と2人の姉と共に織物の卸売業を営んでいた異母兄のヨナとルイを頼ってニューヨークへ移住。


その後ルイビルに移って異母兄の扱う商品を販売していたリーバイは、24歳でアメリカ国籍を取得。


そしてストラウス家はゴールドラッシュに湧くカリフォルニア州サンフランシスコで織物の商売をしようと決意。

同地に先乗りしたリーバイは、姉の夫デビット・スターンと共に 『リーバイ・ストラウス&カンパニー』 を設立し、異母兄から仕入れた衣料品や寝具などを卸すように。

更に金鉱山の労働者向けにテントや荷馬車の幌用のキャンパス帆布も販売・・・これが後のジーンズ製造販売に繋がりました。

そして1872年、彼はネバダ州リノで洋服店を営むジェイコブ・デイビスからズボンに金属鋲を用いる新しい製法の特許を取る資金提供を持ちかけられ、これに同意。

共同申請して翌1973年に特許を取得すると、早速アモスキーグ社製の帆布を用いポケットを銅製の鋲で強化した新しいスタイルの鉱夫用作業ズボンを製造。

これがブルージーンズ誕生の瞬間でした。


    


1880年代に入って、素材がキャンパス地からデニム地に変わり、現存する最古のジーンズが生産され、以後現在に至るまで人々のパンツとして製造・販売されているジーンズ。


※このデニムの語源は、“serge de Nimes ”(フランス南部のニーム製のサージ)が簡略化されたもの。

そしてこの生地が北イタリアで生産されジェノヴァ港から各国に出荷された際、荷札につけられた出港地の “Genova ” をフランス語で “Gênes ” と記載。

これが元となり、アメリカで “Jeans ” になったそうな。


今から117年前の今日・1902年9月26日にリーバイは73歳で亡くなりましたが、彼は生涯独身だったために子がなく、会社は姉の4人の子供が引き継ぎました。

    


1906年のサンフランシスコ大地震により本社ビルが倒壊するなど大打撃を受けた同社ですが、見事立ち直り、現在はアメリカ本土以外に生産拠点を移しながらもジーンズの供給を行っています。

しかし鉱夫の作業着として生産したジーンズが今やプレミアがついて高値で取引されているのを、リーバイは天国でどんな気持ちで眺めているのか?・・・ちょっと聞いてみたい気もします。


リーバイ・ジーンズをお持ちの方・・・今日は創業者に敬意を込めて穿いてくださいまし!笑2


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