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大東亜戦争時、我が国がアメリカ軍による無差別爆撃・・・すなわち空襲を受けたことは、皆さんもご存知の通り。

その最も大規模なものは11万人以上が犠牲になった東京大空襲ですが、その他にも各主要・地方都市にも数多くの空襲が行われました。

その中で東京に次ぐ犠牲者・15,000人以上を出した 


大阪大空襲

は、最大の被害者3,000人以上を出した、東京大空襲の3日後のものを含め7回。

小規模の空襲を含めると、計33回も行われました。


       

          大阪臨港地区に雨あられと落とされる爆弾


この空爆により、市全域の約27%が焼失。 罹災家屋は約32万戸。

大阪市街は東京同様焼け野原に・・・。

       


そして最後の空襲が行われたのは、今から74年前の今日・・・すなわち玉音放送が流される前日の1945(昭和20)年8月14日のことでした。


同日正午過ぎの真昼間、B29約150機が大阪上空に侵入。

ターゲットは、それまで失敗に終わっていた、(現在の大阪城ホールや大阪城公園駅周辺にあった)『大阪陸軍造兵廠』でした。


       


1トン爆弾約700発を集中投下され、造兵廠は全壊。

また爆弾は隣接する大阪城にも着弾し、
二番櫓・三番櫓・坤櫓・伏見櫓・京橋口多聞櫓を焼失。


       

更に工廠の北東に位置する京橋駅周辺にも4発が着弾し、ちょうど上下線の列車が入線したタイミングだったため、高架下のホームに避難していた乗客を直撃。

判明しているだけで201名(実際には5~600名)の犠牲者が出たといわれています。


1955年から毎年8月14日に京橋駅南口で慰霊祭が行われているとのこと。

たとえマスメディアが取り上げなくとも、私たちはいつまでも戦災の被害者の無念を思い、慰霊し続けなければいけませんネ。
笑3


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