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人違い

世の中には、理不尽な犯行によって命を奪われてしまう方がいらっしゃいますが、アメリカの美人女優だった

 シャロン・マリー・テート

 Sharon Marie Tate


もそのひとり・・・今日は、彼女の命日・没後50周年にあたります。

       

1943年にテキサス州ダラスに生まれた彼女は、テレビドラマから映画に進出し、1968年1月に出演した『吸血鬼』のメガホンを取った映画監督ロマン・ポランスキーと結婚。

子供も妊娠して幸せ絶頂の最中、悲劇が突然彼女に降りかかりました。

1969年8月9日、自宅にいたところを突然3人組に襲われ、偶然居合わせた3人の友人と、これまた偶然犯人らに声をかけた通行人1人と共に惨殺されてしまったのです。

妊娠8ヶ月だった彼女が 「子供だけでも助けて」 と懇願したにもかかわらず、犯人たちはナイフで16ヶ所も刺すという、実に残忍な犯行でしたが・・・実は、人違い殺人だったのです。

実行犯らに殺害を指示したのは、


 チャールズ・ミルズ・マンソン
    Charles Milles Manson


       


1934年生まれで、未成年の頃から犯罪に手を染め、それまでの人生の大半を刑務所で過ごしたというこの札つきのワルは、出所後に家出した少女を集め〝ファミリー〟と称し集団生活を始めます。

LSDを用いて少女たちを洗脳し、男性を誘惑してファミリーに取り込んだ彼は聖書を独自解釈したカルト教団を作り上げ、数件の残忍な殺人事件を計画し配下のメンバーに実行を命じていました。

その中のひとつがこの事件だったのですが、彼が殺害しようと企てたのはシャロンではなく、音楽プロデューサーのテリー・メルチャー(1942-2004)でした。


       

元々マンソンは歌手志望で、たまたま知人だったビーチ・ボーイズのデニス・ウィルソンがコロムビア・レコードに所属していたメルチャーを紹介。

しかし結局コロムビア社と契約することが出来なかったマンソンは、メルチャーを逆恨み。

ファミリーのメンバーに彼の殺害を指示したのですが、彼はその直前に転居しており、その後に引っ越してきたのが、ポランスキー夫妻だったのです。

メルチャーは命拾いしましたが、シャロンは代わりに我が子共々命を落とすことに・・・。

マンソンは共謀罪を適用され、1971年に死刑判決を受けましたが、翌年カリフォルニア州で死刑制度が一時的に廃止されたため、実行犯共々終身刑に減刑。

結局彼は2017年に脳腫瘍で死去するまで生き長らえました。

何の罪もない女優が26歳の若さで殺されたのに、その加害者が獄中とは言え83年間生き続ける・・・私には不条理に思えてなりません。

そして幸運にも殺されずに済んだメルチャーも、心苦しい後半生を過ごしたことでしょうネ。


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