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総本山

斑鳩の里・奈良市五条町の森の中にある名刹、

 唐招提寺

多くの方が修学旅行や観光旅行で訪れたであろう、この南都六宗のひとつ・律宗の総本山が創建されたのが、今から1260年前の今日・759(天平宝字3)年8月3日のことでした。

  


建立したのは、皆さまもご存知の鑑真和上。

唐・揚州で688年に生まれ、14歳で出家し洛陽・長安で修業を積んで713年に故郷の大雲寺に戻った彼は、江南第一の大師と称されていました。


       

その名声を耳にした朝廷の招聘を742年の第9次遣唐船で当地を訪れた留学僧の栄叡(ようえい)・普照(ふしょう)両名から聞いた鑑真は、渡日を決意。

5回の失敗により失明をしながらも彼は決して諦めず、そして遂に753年、遂に日本の地を踏みしめることに成功。

以後5年間東大寺で過ごした後、新田部(にたべ)親王邸跡地(といっても東西255m・南北255mの広大な土地)を下賜され、そこに弟子たちの修行道場として『唐律招提』と名付けられた鑑真の私寺として建立されたのが始まり。

鑑真はここで約5年間指導を行い、763年に遷化されました。

20年程前に奈良を訪れた際、私は早朝この唐招提寺を訪れましたが、まだ観光客が誰一人いない金堂を正面からしばし眺めたことがありましたが、鳥のさえずりしか聞こえない静けさの中、しばし奈良時代にタイムスリップしたような、何とも言えぬ厳かな雰囲気を味わったことを今でも憶えています。

    

その金堂(国宝)は、鑑真の死後8世紀後半に、彼の弟子のひとり・如宝によって完成したと伝えられています。

その他講堂(国宝)や御影堂(重文)などが建立され、あまり目立たない小さな経蔵(国宝)は唐招提寺で最古、かつ日本に現存する最古の・・・つまり正倉院より古い建物なのだそうな。


       


もちろん建造物だけでなく、仏像なども国宝・重文ばかり。

前掲写真の乾漆盧舎那仏坐像(金堂安置)や木心乾漆千手観音立像(金堂安置)、木心乾漆薬師如来立像(金堂安置)、木造梵天・帝釈天立像(所在金堂)、木造四天王立像(所在金堂)が国宝であり、その他書ききれない程の貴重な仏像・絵画のオンパレード。


 

その多くは1970年に完成した鉄筋コンクリートの収蔵施設・新宝蔵に保存されていますが、それらは例年春と秋に期日を限って公開されるそうですから、訪れたい方は予めそのスケジュールを確認していかれた方がよろしいかと。

私自身、それを知らずに行ったために仏像等を拝むことが出来ませんでしたから。
ダメだぁ顔

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