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バリトン

今日は、私を含めた昭和世代のアニメ・ファンがお世話になった声優、

しゅうせい

仲村 秀生 さん


の命日・没後5周年にあたります。


        


 

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仲村(本名:中村 秀男)さんは、1935(昭和10)年に東京で生まれました。

戦時中に両親の故郷・長野県上田市に疎開した彼は、地元の長野県立上田高校から信州大学へと進学。

卒業後は演出家・竹中荘吉さんが主宰する『劇団くるみ座』(京都)入りして、俳優を目指しました。

1956年には新劇演出家を目指すため上京、舞台芸術学院に入校後、翌年には『新演劇研究所』へ。


そして同所の発展的解消に伴い、劇団『新演』創立に参加。

1960年代前半まで何本かの邦画やテレビドラマに俳優として出演していましたが、同じ劇団に所属していた寺島幹夫さんが 『アンタッチャプル』 で声優の仕事をしていたことがキッカケとなり、1961年に 『ローハイド』 の吹き替えをしたのが、声優デビューとなりました。

ちょうど民放テレビ局が続々と開局し、また所属劇団の解散が重なり、仲村さんはバリトンの美声を生かして外国映画やドラマ、アニメ、CMナレーションなどの声優業へと仕事の重心を移すことに。

『鬼警部アイアンサイド』や『外科医ギャノン』にも出演しましたが、個人的に中村さんの吹き替えに記憶が残るのは、1970年から始まったアニメ『あしたのジョー』の力石徹役。


       力石徹

あの低くシブい声は、強さと不気味さを併せ持つ力石に凄くマッチしていました。

そして最も親しみがあるのは、1974年から始まった『宇宙戦艦ヤマト』登場する、準主役の島大介役。


       

ただ私自身、最初にその声を聞いた時は、あの力石徹と同じ声優さんだとは思えず、後になって両方とも仲村さんだったと知って、ビックリ。

それくらい声質を見事に変えられてましたネ。 さすが、プロ。


その他『ど根性ガエル』や『空手バカ一代』などにも出演した仲村さんは1990年代後半、劇団魚座を旗揚げして再び演劇活動に注力。

また東京アナウンス学院や代々木アニメーション学院の講師として後進の育成にも尽力しました。

しかしその一方で、私生活ではアルコール依存症や躁うつ病を発症、統合失調症も併発させて闘病生活を余儀なくされ、2000年初頭には、実質的に声優業から引退していたそうな。


2012年にCSで放映された『宇宙戦艦ヤマト2199』公開記念番組でナレーションを務めたのが最後の仕事となり、2014年6月には再び体調を崩して療養生活に入った仲村さんが79歳で急逝されたのは、2014年7月30日・・・当時は伏せられましたが、入院先の風呂場での溺死でした。


残念な亡くなり方でしたが、私たちアニメ・ファンとしては、いつまでも力石徹や島大介の声を懐かしみたいと思います。


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