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オウンゴール

皆さんは、


 アンドレス・エスコバル・サルダリアガ

   Andrés Escobar Saldarriaga


という人物の名に、聞き覚えがあるでしょうか?

サッカーファンならご存知かもしれませんが・・・今日は、このコロンビア代表選手だった彼の命日、というか悲劇的な最期を遂げてから、ちょうど25周年にあたります。


       


エスコバル選手は、1967年に麻薬カルテルで有名なコロンビア・メデジンの中流家庭に生まれました。

20歳でプロサッカー選手になった彼は、名門ナシオナル(※チームのオーナーは、麻薬王として有名なパブロ・エスコバル)に所属し、1989年12月のトヨタカップでは来日をしている、一流のディフェンダーに。

1990年のイタリアW杯でもフル出場した彼を擁するコロンビア代表チームは、1994年のW杯南米予選でアルゼンチンを5-0で破るなどして首位で本選出場を決めると、一躍優勝候補の一角として注目を浴びました。

しかし、結果的にそれが最悪の結果をもたらすことになろうとは・・・。

いざ本選に入ると、コロンビアチームは絶不調。

第一次予選の初戦、対ルーマニア戦を1-3で落とすと、予選突破のためには絶対に負けられない次のアメリカ戦では、なんと先制点がエスコバル選手のオウンゴールによってアメリカに入ってしまったのです。(前半35分)


※その時の映像が、こちら。(↓)



で、結局試合は1-2でアメリカが勝利し、その時点で優勝候補だったコロンビアの予選敗退が決まってしまいました。

当時からコロンビアは殺人事件が頻発する治安の悪さで有名であり、またW杯ともなれば裏で大きな賭け金が動いていたはずですから、私はこのオウンゴールが何か良からぬことを引き起こすのでは? と危惧していましたが、残念ながらその予感は的中してしまいました。

予選終了後、チームのメンバーが報復を恐れてアメリカに留まる中、エスコバル選手だけは

あのオウンゴールについて、ファンやマスコミに説明する義務がある」

と、単身帰国。 その勇気は見上げたものですが、それが仇になってしまいました。

まだW杯開催中だった同年7月2日午前3時半頃、地元メデジン郊外のバーで友人と飲食後に店から出たところを銃撃され、27歳で絶命。

W杯後、ACミランへの移籍が決まっていた彼は、それを実現することはできませんでした。


犯人のウンベルト・ムニョス・カストロは、

「オウンゴールをありがとうょ!」

 “Gracias por el auto go

と叫びながら、何発もの銃弾を彼に撃ち込んだとか。


       

翌日に逮捕された彼は賭けで大損したことが動機だと語ったそうですが、それが個人的なものか組織的なものだったのかは、分からず仕舞い。


しかし、この〝エスコバルの悲劇〟は、その後のコロンビア・サッカー界に暗い影を落とします。

多くの選手は彼の二の舞になることを恐れ、代表選手やプロチームから引退する者が続出。

ひとつのミスで殺されたら、たまったもんじゃありませんから、それも当然でしょう。

某中東国でさえ、負けてもむち打ち刑で済んでいたのに・・・。

結果有力選手が抜けたコロンビアは、その後長らく低迷を続けることとなりました。

もう二度とこんな悲劇は起きて欲しくない・・・それを、エスコバル自身が一番願っていることでしょう。

あらためて悲劇のサッカー選手のご冥福をお祈りしたいと存じます。


※余談ですが、彼を射殺した犯人は懲役43年の判決を受け服役したものの、模範囚として11年後には釈放されたとか・・・嗚呼。
うー


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