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大女優

今日は、クイズからスタートです。

アカデミー賞で、過去最高の4回も主演女優賞を獲得したのは、誰?

中高年の洋画ファンなら、もうお分かりでしょうネ。 
今日は、そのアメリカを代表するハリウッド女優、


 キャサリン・ホートン・ヘプバーン
 Katharine Houghton Hepburn


の命日、日本流にいえば十七回忌にあたります。

       


ヘプバーン(本名同じ)は、1907年にコネチカット州ハートフォードで6
父が医師、母が婦人参政権を主張する活動家というインテリかつリベラルな家庭で育った彼女でしたが、子供の頃から非常に聡明ながら高い木に登ったり川に飛び込んだりと活発で、おまけにスポーツが大好きでゴルフも上手。

そんなお転婆娘だったヘプバーンは大学に進学し
心理学を専攻しましたが、同時に演劇にも興味を持つように。

21歳の時に初舞台を経験した彼女は、卒業後ニューヨークに行って舞台に立ち続け、1932年に 『愛の嗚咽』 で映画デビュー。


この年、彼女は大学時代に知り合った男性と結婚しましたが、2年後に離婚・・・その後再婚することはありませんでした。

舞台で鍛えた演技力と、170cmを超える長身と美貌を持つ彼女は、早くもデビュー翌年には『勝利の朝』で、最初のアカデミー主演女優賞を獲得。


しかし気が強く長身だった彼女とは背の低い男優が共演を尻込みしたこともあってヒット作に恵まれず、1930年代後半は興行主から敬遠されたとか。

しかし1940年に公開された『フィラデルフィア物語』が大ヒットし、アカデミー賞にノミネートされてからは一流女優としての地位を確立。


       

以後 『招かれざる客』(1967年)、『冬のライオン』(1968年)と2年連続でアカデミー主演女優賞を獲得、そして名優ヘンリー・フォンダと共演した 『黄昏』(1981年) で、史上唯一の4度目の受賞を果たしたのです。

(その間、主演女優賞ノミネート12回は、メリル・ストリーヴの20回に次いで史上2位)


最初の受賞から、最後の受賞まで48年・・・半世紀にわたり活躍した彼女が、1999年に米国映画協会が選出した、アメリカで最も偉大なる女優ベスト50の第1位に選出されたのは、当然だと言えましょう。


       

            『黄昏』で共演のヘンリー・フォンダと

頭の回転が速いと同時に、気の強さも男性勝りだったという彼女には、撮影終了後に監督にツバを吐きかけたとか、撮影を断ったのにシャッターを切ったカメラマンを突き飛ばしたなんていう武勇伝も。

しかしその一方で、結婚はしなかったものの妻子ある男優スペンサー・トレイシーとは長年交際し、彼が病気になると懸命に看病し、その死を看取りながらも葬儀には奥さんの顔を立てて出席しなかった・・・というエピソードも残しています。

スカートよりもパンツスタイルを愛し、独特のファッションセンスの持ち主だった彼女が老衰により96歳でこの世を去ったのは、2003年6月29日のことでした。

彼女の人生について詳しく知りたい方には、それまで私生活について秘密が多かった彼女自身が1991年に出版しベストセラーとなった自伝のご一読をオススメします。


 『Me  キャサリン・ヘプバーン自伝 (文藝春秋社・刊)


       

かつて浮名を流したハワード・ヒューズとの関係 (※彼の自伝的映画『アビエイター』にもヘブバーンは登場しています) やスペンサー・トレーシーとの交際によって自分が変わっていったことが率直に語られており、女優として、また一人の女性としての生き方に共感する方も多いと思います。


       

               ヒューズとヘプバーン


今宵は久しぶりにこの本のページをめくりつつ、20世紀を代表するハリウッド女優の冥福を祈りたいと思います。笑3


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