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黒 幕

皆さんは 〝日本の三大仇討〟 ってご存じですか?


『赤穂浪士の討ち入り』 はすぐお分かりだと思います。 


もう一つは荒木又右衛門の 『伊賀越えの仇討ち』・・・そして3つ目が、今から826年前の今日果たされた、


 曽我兄弟の仇討ち


なのだそうな。


以前から所領問題で叔父・伊東祐親に恨みを抱いていた工藤祐経は安政2(1176)年、鷹狩りに出た祐親を襲い嫡男・河津祐泰を殺害。


祐泰の2人の息子・一萬丸と箱王丸は、母の再婚先の姓・・・兄は曽我十郎祐成、弟は曽我五郎時政と名を変え、父の仇を取ることに秘かなる執念を燃やします。


幾多の試練を乗り越えて、源頼朝の寵臣となった工藤祐経が1193(建久4)年5月28日に富士の裾野へ巻狩に出かけた際、2人は深夜に寝所を急襲・・・見事祐経を討ち果たしました。


       

        曾我兄弟富士裾野仇討図 國史畫帖『大和櫻』より


しかし兄・十郎はその場で討ち取られ、弟・五郎も捕らえられて翌日源頼朝の前に引き出されました。

仇討ちを果たし潔く延命を拒否する五郎に感じ入った頼朝ですが、これ以上の遺恨を遺さぬよう、祐経の息子の申し入れ通り斬首に。


時に兄22歳、弟20歳の若さでした。


       ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-曽我兄弟

         左2つが曽我兄弟、右が兄・十郎の妻・虎御前の墓


子供の頃、忠義の見本(?)としてこの物語を読まされた方もいらっしゃると思います。


私もその一人なんですが・・・実はこの仇討ちには、政権転覆・頼朝暗殺の陰謀が絡んでいた、という説があるそうな。


その黒幕といわれているのが、頼朝の妻・政子の父・北条時政


       


兄・十郎は早くから時政の館に出入りしていたといい、また弟・五郎の烏帽子親でもあった時政は、ポスト頼朝の座を虎視眈々と狙っていた・・・つまり舅が娘婿の追い落としを画策していたとか。


曽我兄弟が仇討ちを果たした時、巻狩の寝所は駿河の守護であった時政の手によって設営されていたため、彼らを容易に侵入させられたこと。 


更には兄・十郎が仇討ちを果たした後、逃げずにわざわざ頼朝の寝所を襲おうとしたのは、時政から何事かを言い含められたからだ・・・というのです。

父の遺恨を晴らそうとする若武者2人を巧みに操り、時政が自らの野望を果たそうとした・・・これが事実なら、何と言う狡猾さでしょう。


いつの世にも、自らの手を汚さずに権力を握ろうとする野心家・政治家はいるものですが、それにしても・・・。うー

そんな陰謀説を基にした面白い小説があります。

 『曾我兄弟の密命―天皇の刺客
              (高橋直樹・著 文春文庫・刊)


       


子供の頃に読んだ伝記絵本を思い出しつつ、大人の歴史物語をお楽しみください。


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