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21世紀に入り、中国に代わって安い労働力と勤勉な国民性で世界から新興工業国として注目され、開発が著しいベトナム。

しかし中高年の方はご存じの通り、第二次世界大戦後は南北に分断され東西両陣営の代理戦争ともいえる泥沼の戦争で苦しめられた暗い歴史があります。

1946年から始まった第一次インドシナ戦争終結後の1954年7月、ベトナムは北緯17度線を隔ててベトナム民主共和国(北ベトナム)とベトナム国(南ベトナム)に分裂。

その翌年、アメリカはソ連・中国の支援を受けた北ベトナムに対抗すべく、貴族出身だったゴ・ディン・ジエムを初代大統領に就任させ、国名をベトナム共和国としました。

しかし1960年には(北ベトナムが支援する)南ベトナム解放民族戦線が成立、ジエム政権打倒を掲げてゲリラ活動を開始し政府軍と衝突。

※これが実質的にはベトナム戦争(第二次インドシナ戦争)の始まりとされています。

国内が混乱する中、ジエム政権はカトリック優遇政策を行なったため、これに仏教徒が反発。

これに抗議して、
今から52年前の今日・1963年6月11日・・・南ベトナムで当時66歳の僧侶だった


 ティック・クアン・ドック

   Thích Quảng Đức

     

が、ある抗議行動に出たのです。

          

それは首都・サイゴンのアメリカ大使館前で自らガソリンをかぶり焼身自殺する、という衝撃的なものでした。

彼は支援者たちが跪いて拝む中、ガソリンをかぶって点火・・・アッと言う間に彼は火だるまになりましたが、終始蓮華座を崩さずに絶命。

この一部始終を捉えた映像は世界中に配信され、大きな反響を呼びました。

そしてこの行為は、その後大きな政変へと繋がったのですが・・・それはある女性による無神経な発言が発端でした。

その女性とは、ジエム大統領の弟で秘密警察長官だったゴ・ディン・ヌーの妻、

 チャン・レ・スアン (マダム・ヌー)

          


かつてのベトナム・阮朝皇帝の血を引く、見るからに気の強そうな当時39歳だった彼女は、アメリカのTVインタビューで

「あんなのは、単なる人間バーベキューよ。」
「今度同じ事をするなら、ガソリンとマッチを進呈するワ。」

と、まさに火に油を注ぐ発言を行い、世界中から大バッシング・・・今でいうなら大炎上状態に。


この失言によって、マダム・ヌーは〝ドラゴン・タトゥーの女〟ならぬ〝ドラゴン・レディー〟という渾名を奉られます。

これによって国民や世界から支持を失ったジエム政権は、この僅か5ヶ月後に軍事クーデターを起こされ失脚。

アメリカも最早彼らを支援することはなく、ジエムとヌーの兄弟は決起部隊によって殺害されてしまいます。

ところが皮肉なことに、と言うか悪運が強いと言うか・・・主犯格(?)のマダム・ヌーは国外に逃亡し命を長らえます。

その後アメリカやイタリアなど諸国を転々とした後、2011年にローマで87歳の生涯を閉じましたが、その間一度として故郷ベトナムの地を踏むことは出来ませんでした。


彼女自身、第一次インドシナ戦争直後に阮朝の関係者ということで一家全員が捕えられ、1日僅か粥2杯という軟禁生活を4ヶ月強いられた経験があり、同情すべき点もあるのですが・・・それでも言って良いことと悪いことがあります。

まさに〝口は災いの元〟の見本。うー

他山の石としなければなりません。





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