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巨 体

今日・4月28日は、


 象 の 日

なのだそうな。

これはよくある語呂合わせではなく、今から290年前の今日・1729(享保14)年4月28日に、広南国(現・ベトナム北部)から清の商人が連れてきた象が、中御門天皇の御前で披露されたことに因むもの。

ただしこの象をオーダーしたのは第8代将軍・徳川吉宗で、長崎に上陸したのは前年6月のこと。

その時は7歳のオスと5歳のメス2頭が連れてこられたのですが、メスは長崎で死んでしまったため、残ったオスだけが陸路を歩いてゆっくり移動。


天皇に謁見した際は慣例により位階が必要だったため、彼には『広南従四位白象』という位と姓名が与えられたそうな。

拝謁した象は
前足を折って頭を下げる仕草をrすると、初めて象を見た中御門天皇は感銘し、


『時しあれは 人の国なる けたものも  けふ九重に  みるがうれしさ』


という和歌を残しています。


※その時京都で描かれた絵が、こちら。(↓)


       


その後彼は江戸に向かい、5月27日には無事吉宗の御覧に供されたとか。

しかし 『象の日』 の由来とは言え、日本に象がやってきたのは、これが最初ではありませんでした。

文献に残っている象の日本初上陸は、これより120年前の1408(応永15)年6月。

室町幕府第4代将軍・足利義持への献上品として、現在の福井県小浜港にやってきたとのこと。

この象は京で将軍の御覧後、朝鮮に寄贈されたそうな。

次にやってきたのは、1575(天正3)年に大友宗麟に献上されたするため豊後国に。

更に1597(慶長2)年にはルソン総督から豊臣秀吉への献上品として、また1602(慶長7)年には交趾国(やはり現・ベトナム北部)から徳川家康への献上品として虎・孔雀とともに贈られています。


※秀吉献上の象が日本にやってきて来た時の様子を狩野内膳が描いた屏風図が、こちら。(↓)

 


小さくてよく分かりませんが、左下を拡大するとよく分かります。

       

さて、前述の吉宗が呼び寄せたオスの象は、その後どうなったのか?

当初は浜御殿で飼育されていたそうですが、あまりに餌代がかかるため持てあました幕府は、1741年4月に中野村(現・東京都中野区)に住む源助という農民に払い下げたとか。

そして翌年12月に、彼は21歳で病死・・・現在のインド象の寿命は約80年だそうですから、かなりの短命。

そりゃあ船に乗せられて異国の地に連れてこられ、長崎から江戸まで歩かされたんですから、かなりストレスが溜まったでしょうから、早死にしたのも無理からぬこと。

命日ではないですが、記念日の今日はおそらく象の歴史上(?)最も過酷な一生を送った彼の冥福を祈ってあげてくださいまし。
ゾウ


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