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隊 長

私がこの方を知ったのは、今から20年近く前に放映されたNHK・『プロジェクトⅩ』・・・前・後編に分かれた南極観測隊の物語を観た時。


最年少の25歳で越冬隊員に志願した北村泰一氏が、半世紀近く前にお世話になった隊長の思い出に嗚咽する場面が印象的でした。


既に70歳になった北村氏が号泣して感謝した程のリーダーシップを発揮した越冬隊長・・・その方の名は、


 西堀 栄三郎 


今日は、この日本屈指の探検家・登山家・科学者の命日・没後20周年にあたります。


    


1903年に5人兄弟の末っ子として京都に生まれた西村氏は、11歳の時に白瀬中尉の南極帰朝報告会に参加・・・そこで氷山やペンギンの活動写真を見て、早くも南極に行く夢を抱いたとか。


そして化学の道を目指して京都帝国大学理学部に進学。


同大学在学中に、あの世界的科学者・アインシュタイン博士夫妻が来日した際の京都・奈良旅行に通訳として同行し、大いなる刺激を受けました。


       

              西堀青年とアインシュタイン博士


卒業後は同大学の助教授まで務めた後、東京電気株式会社(現・東芝)に入社して真空管〝ソラ〟を開発。


デミング賞を受賞する一方で、あの有名な 『雪山讃歌』 を作詞するなど学生時代から登山にも力を入れ、49歳の時には単身ネパールに飛んで日本人として初めてマナスル登山の許可を取り付けるなど、まさにマルチな活動を繰り広げました。


そして1958年、55歳にして子供の頃に夢見た南極観測隊に参加・・・日本初の第一次越冬隊長として極寒の地・南極の冬を若い隊員たちと過ごしたのです。 


       西堀栄三郎         


自らが率先垂範で実験や調査を繰り返し、各越冬隊員にも様々な研究成果を出させた西堀隊長は、その後京都大学理学部教授や日本原子力研究所理事を歴任。


更には77歳の時にチョモランマ登山隊の総隊長を務めて同隊の登頂を成功させるなど、年齢を感じさせぬ活躍を重ねます。


1989年4月13日、86歳でこの世を去った西堀氏・・・その4年前・1985年のインタビュー映像が、『プロジェクトⅩ』 のラストシーンで流れましたが、80歳を過ぎたとは思えぬ目の輝きと若々しさは、今でも鮮明に覚えています。


       西堀栄三郎


西堀氏は何冊もの著書を残されていますが、その全てに共通する教えは、


 ◆ 理論だけでなく自らの体験を大事にすること

 ◆ 常に挑戦せよ


ということだと思います。



〝とにかくやってみなはれ。

          やる前から諦める奴は一番つまらん人間だ〟


〝チャンスを逃すな。 まず決断せよ。 

           石橋を叩くのはそれからだ。〟


昭和の名隊長の言葉を噛みしめつつ、ご冥福をお祈りします。笑3


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