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鬼 畜

その事件は当時の日本を震撼させましたから、未だにご記憶の方も多いでしょう。

史上最悪の少年犯罪と言われた


 女子高生コンクリート詰め殺人事件

の被害者の遺体が犯人らの自供により江東区・若洲の埋め立て地に投棄されたドラム缶から発見され事件が発覚したのが、今からちょうど30年前の今日・1989(平成元)年3月29日のことでした。 


    


事件の発端は、その5ヶ月前の1988(昭和63)年11月25日に埼玉県三郷市で起きました。

女子高生・Fさん(当時17歳)がアルバイト先から自転車で帰宅する途中、折悪しくひったくりや強姦を狙う少年グループに目をつけられてしまいます。

少年C(当時16歳)が、主犯格の少年A(当時18歳)に命じられ、彼女の自転車を蹴飛ばして転倒させるとそのまま逃走。

そこにAが近づき「今の奴はさっきオレも襲ってきた暴力団関係者だ。危ないから送ってやる」とウソを言い、それを信じてついてきた彼女をホテルに連れ込み強姦。

その後Aは少年B(当時17歳)とC、それに少年D(当時16歳)を呼び出すと、そのままFさんをCの自宅2階に連れて行き、監禁。

その後他に2人の少年をも呼び出し、輪姦。

監禁中に1度隙を見てFさんが1階の電話で警察に電話したものの、繋がる前にAに満ち勝ってしまい、この時から日常的な暴力が続きました。

そして驚くべきは、このC宅にはCの両親が同居しており、女性が監禁されていた事実を知っていた事。

一度は母親が「帰りなさい」と逃がしたものの、逃亡に気づいたCが連れ戻した後は、見て見ふり。 

※ちなみにこのCの両親は共産党員でした。


        


その暴行たるやすさまじく、局部に異物を挿入したり、顔一面にろうそくを垂らしたり、顔が変形する程殴ったり・・・もうこれ以上は気分を害する方がいらっしゃると思うので書くのは控えます。

日々衰弱していったFさんが亡くなったのが、年が明けた1989年1月4日。

少年らはFさんの遺体を毛布でくるみ旅行カバンに入れてクルマで江東区若洲の埋めた土地に運び、ドラム缶に入れてセメントを流し込み、遺棄したのです。

その時点ではFさんは失踪扱いになっていただけでしたが、AとBが別件のひったくりと婦女暴行事件で取り調べを受けている最中、警察から余罪を追及された際、「殺しちゃいかんょ」 とカマをかけられた際に、つい自供したことから事件が発覚した・・・というわけ。

発見された遺体は、目の位置が判別できない程殴られて歯もなくなっており、両親がFさんと確認できない程で、局部にはオロナミンCのビンが2つ差し込まれたままだったとか。

これを鬼畜の所業と言わず、何と申しましょうか。

この事件の報道では、その残虐性・重大性から一部週刊誌が実名報道をするなど世論も二分されましたが、少年の裁判さしては異例の注目を浴びました。

結局判決は、検察が無期懲役を求刑した主犯格Aに対し懲役20年。

懲役13年を求刑されたBは、5~10年の不定期刑。


懲役5~10年の不定期刑を求刑されたC・Dは、それぞれ5~9年と5~7年の不定期刑に。

これだけの重罪を犯しながら、子分たちは10年未満で娑婆に出られるのは軽すぎる・・・という批判が当時からありましたが、それは当たっていたと言えます。

まず仮釈放なしで刑期の20年を過ごし釈放されたAは、2009年に出所後養子縁組で改名しましたが、2013年に振り込め詐欺グループの1人として逮捕。(その後完全黙秘により不起訴処分。)

Bは1999年に釈放後、彼も養子縁組で改名しましたが、暴力団の構成員となり2004年に三郷市逮捕監禁致傷事件を起こし、実刑判決を受けて再入所。

Cは昨年8月に男性の首をナイフで刺すなどして殺人未遂容疑で逮捕されるなど、とても更生したとは言えない状況。

唯一Dだけは再犯歴がないようですが、自宅に引きこもりだとの事。

彼等の行状を見ても、もはや少年だからという理由で減刑したり手心を加える必要はない・・・そう思う国民は多いのではないでしょうか?

Aの両親が自宅を売却し被害者の両親に賠償金として5千万円支払ったそうですが、それで済む話じゃありません。


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