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裏 方

「ひが~ぁしぃ~、○○山ぁ~。 にぃ~いしぃ~ △△海ぃ~。」


取り組みの前に扇子を手に四股名を読み上げる呼出(よびだし)の声は、大相撲の風物詩ともいえます。

この呼出さん、1994年7月から行事同様に階級制となり9段階に分かれているのですが、その最高位が〝立呼出〟。

今日は、この立呼出の初代を務めた

 寛 吉 さん

の命日にあたります。


寛吉(本名:飯田寛吉)さんは、1930年に相撲の盛んな青森県で生まれました。

時津風部屋に入り、1936年に初土俵を踏んで以来、呼出一筋。

1967(昭和42)年初場所に一等呼出として結びの一番を担当して以来、1995年九州場所の貴乃花-若乃花の兄弟優勝決定戦の呼出を最後に引退するまで、土俵に立ち続けました。

今から7年前の今日・2008年6月7日に腎不全により77歳でこの世を去った寛吉さん・・・私が子供の頃大相撲中継を観ていた頃からずっと、結びの一番では無意識に寛吉さんの呼出を聞いていたことになります。


さて、主役の力士や華やかな衣装の行司と違い、立付袴(たっつけばかま)に足袋を履いた地味な衣装をつける呼出さんは、どんな仕事をしているのでしょうか?


       


土俵上では独特の節回しで一見優雅に四股名を読み上げていますが、実は呼出しさんは大変な激務なんです。


奇数日は東方、偶数日は西方から白扇を開き四股名を呼び上げるのが彼らの最大の見せ場。

しかしその他は大変な肉体労働と気配りが必要な仕事なんです。

まず、土俵造り。

大量の土を成型して重量力士が叩きつけられても壊れない丈夫な土俵を作るのは一苦労。

しかも本場所は15日間土俵だからいいものの、地方巡業は毎日場所が変わるので毎日作らなければいけませんから、大変。

また大相撲名物の太鼓打ちも彼らの仕事。

早朝の〝寄せ太鼓〟に、取組終了後の〝はね太鼓〟。

更には巡業や本場所初日前日に街中に出て太鼓を担いで叩く〝触れ太鼓〟。

時には高いやぐらに登って打ちますから、高所恐怖症の人には務まりません。ダメだぁ顔


        


また太鼓以外に柝(き)を打ったり、取組の合間に土俵を掃き清めたり、蛇の目の砂ならしをしたり、また力士に力水の柄杓やタオルの手渡しや制限時間を知らせたり。

また土俵下の審判員の世話や控え力士の座布団運び。

更には取組中に力士が飛んできそうになると手桶や塩を手に後ろに下がったり、土俵下に転落した力士を起こしたり・・・。

そうそう、取組前に懸賞がかかると、スポンサー名の書かれた懸賞幕を手に土俵一周するのも彼らの役目。


他にも細々とした仕事があるようですが、これだけ見ても重労働ですし、場所中は神経の使いまくりで気の休まる時がないでしょう。

かなりの段取り能力と気配りが要求されることがお分かりだと思います。

呼出さんがいなければ、大相撲は成り立たない・・・そんな貴重な裏方さんなのに、名前に苗字がないなんて・・・なんだか可哀想。

呼出さんは各部屋に所属し、その定員は全体で45名。

今後大相撲を観戦する方は、定年65歳まで頑張る彼らにも注目してください。

さて、ここで呼出さんに関するクイズをひとつ。

土俵造りの際、藁束に土を積めて俵を作るのですが、その形を整えるために彼らはビール瓶で叩くのですが・・・その銘柄は


① キリン  ② アサヒ

のどちらを使うでしょうか?

 正解は・・・・・②。

なだらかなネックラインのキリンより、クビレのあるアサヒの瓶が使いやすいんだそうです。

でもそれだったらサッポロでも同じだと思うんですが・・・力士や呼出さんの好みがスーパードライなのかナ?あせあせ



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