「それじゃ、お先に~。」
そう言うと、バッジテスト1級所持者・S君は、サッサと軽快なスキー捌きで滑り降りていってしまいました。
(おいおいっ、そりゃないだろう。) そう思っても後の祭り。
残された3人は、ただ呆然。
「おい、どうするョ。」
「どうするって・・・行くしかないだろう。」
覚悟を決めた私は斜滑降でゲレンデの反対側めがけて滑り出しました。
〝ダウンヒルのナベちゃん〟もすっかり形無し・・・コースの両端を行ったり来たり、ジクザクに急斜面を降りるしかありません。
もう1人も私に続いて無事下まで降りたのですが、問題は最後に残ったN君。
実は彼、スキーは初心者だったんです。
我々3人が下まで降りてきた時も、スタート地点で固まったまま。
「お~い、早く降りてこいょ~。 一番いいスキー履いてんだろ~!」
S君は開業医の息子。
金持ちの父親から、当時一番高かった小賀坂のメタル・スキーをこの日のために買ってもらっていたんです。
確か当時で10万円くらいした最高級品・・・我々はその事を知っていて、冷やかし半分・嫉妬半分で声をかけたのでした。
そして意を決したS君は、ヘッピリ腰のままソ~ッとボーゲンで滑り始めます。
ジャイアント・コースの急斜面
でもスキーって、腰を引くと一層スピードが出ちゃうんですょネ。
みるみるスピードアップしたS君、「あっ、そのまま行ったら林にツッコむゾ!」 と思った瞬間、斜面下に向かって転倒!
何回かゴロゴロッと転がった後、ズルズルと落ちてきました。
これまたスキー経験者ならお分かりだと思いますが、30度を超える急斜面だと転倒したらエッジをうまく立て踏ん張らないと、止まらないんですょネ。
捕まって棒に吊るされたイノシシのような恰好のまま滑り落ちてくるN君の情けない姿を見て必死に笑いを堪える我々の足元に、ミカンが何個か転がってくるではありませんか。
(どうして、ゲレンデにミカンが?)
不思議に思っていると、今度は明治の板チョコが一枚、スルスルと・・・。
そして最後にN君本体(?)が我々の足元に滑り落ちてきました。
その彼の背中には、パックリと蓋の開いたリュックが。
そうなんです。
ミカンと板チョコは、彼が持ってきたおやつだったのです。
あまりの可笑しさに、とうとう声を上げて大笑いしてしまった私ですが、次の瞬間ピタッと笑いが止まりました。
それは、N君の右足に装着されていたスキー板の後ろ半分が、ポッキリと折れて無くなっていたから・・・。
フッと斜面を見上げると、彼が転倒した辺りの純白のゲレンデに、鈍く光る黒いメタル・スキー板が、あたかも墓標の如く刺さっているではありませんか!
初心者の彼は転び方も知らなかったため、転倒した際にスキー板をゲレンデに突き刺して転がってしまったわけです。
10万円もする新品のメタルスキーは、たった20m滑っただけでお陀仏。
休憩所に連れて行くと、イスに座ったN君は、「パパに買ってもらったばかりなのに・・・」 と、シクシクと泣き止みません。
さすがに悪いと思ったのか、S君は動き出したリフトに乗ってゲレンデに刺さった残骸を引き抜き、再び滑り降りてきました。
私はN君用にレンタルスキーを借りてきて
「泣いてもしようがないだろ。 蓮池のやさしいコースで滑ろうぜ!」
と励まし、我々は半ベソの彼を抱えて休憩所を出たのです。
・・・その後どこでどう滑ったのか、今は全く記憶なし。
しかし白銀の斜面を転がってきたミカンの鮮やかな橙色と板チョコの茶色、そして急斜面に刺さっていたメタル・スキーの破片が朝日に黒く光っていた光景は、今もって忘れることができません。
※このジャイアント・コースを滑った方自ら撮影した動画がありました。
ご覧いただきながら、ミカンや板チョコが落ちてきた光景をイメージしてください。
1分過ぎから急斜面に入ります。