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ミカンと板チョコと同級生 <上>

スキーシーズンも、まもなく終わり・・・皆さん、今年は滑りましたか?


長野に生まれ育った私にとって、スキーは身近なスポーツ・・・というより、冬はそれしかやることがなかった、とも言えますが。あせあせ


自宅からリフトが見えるスキー場があり、シーズン中の日曜日はよくスキー靴を履いたまま(!)電車やバスに乗って通ったものです。


着替えや昼食のおにぎりを入れたリュックサックを休憩所の机の上に置きっぱなしでゲレンデに向かい、1日乗り放題リフト券をお守りのように首から下げて、朝から暗くなるまで滑りまくり。


(当時は村営で、リフトが3本しかなかったその 『飯綱高原スキー場』 が約30年後にはオリンピックのモーグル競技会場となり、里谷多英選手がそこで金メダルを獲得するとは・・・私にはまさに隔世の感というか、感慨深いものがありましたが。)笑2


小学生の頃から一応ウェーデルンくらいは出来ましたが、私は生まれながらのスピード狂(?)・・・スキーでもダウンヒル(直滑降)が大好き。


中学生になると、親にせがんで憧れのメーカー・〝小賀坂〟から発売されたグラスファイバー・スキーを買ってもらったのですが、できるだけスピードが出るようにと長さはなんと2m。


まるでジャンプ競技に使うようなロングスキーに当時最先端・HEAD社のビンディングを装着して、ブイブイ飛ばしたものです。


そんな私がスキーをしたのは高校生の時まで。


大学に進学して上京すると、周囲がスキーに行くのは女の子をナンパするアフタースキーが目的。


背中に入れたバスタオルがグッショリ濡れるほど身体を張って滑っていた体育会系スキーヤーだった私には、とてもそんな軟弱スキーなどに付き合う気が起きませんでした。


結局大学時代、そして社会人になってもケガをして周囲に迷惑をかけたくないので、一度もスキーに行くことはなく現在に至っています。


そんな私が最後に滑ったのは高校2年生の時でしたが、このラスト・スキーで生涯忘れられない出来事に遭遇したのです。


来年は大学受験、とてもスキーどころではないってことで仲良しの同級生3人と〝滑り納め〟 に行くことに。


その中で最も上手だったS君の発案で、ゲレンデは志賀高原に決定。


当日、長野電鉄の始発電車に乗って終点・湯田中駅へ。 


そしてS君に案内されるままバスに乗って暫し・・・降りたバス停は、ちょうどゲレンデの中腹あたり。


「ここでスキー履いて、下の休憩所まで行こう。」


そう言うS君についていった我々はゲレンデの端に立った瞬間、思わず絶句。


遥か下に見えるロッジの手前は、ゾッとするような急斜面だったのです。(


       ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-志賀高原


なんとそこは、スキーヤーなら知る人ぞ知る

 ジャイアント・コース


国内の公式競技はもちろん、後にワールドカップも開催された超上級者用のゲレンデだったのです。


スキー経験者はご存知だと思いますが、傾斜が30度以上になると、絶壁を滑り落ちるような感覚。

ところが当時のジャイアント・コースの最大斜度は、それを遥かに凌ぐ約41度!ダメだぁ顔


朝8時前でリフトも動いておらず、まだ誰も滑っていないギャップだらけのゴツゴツしたアイスバーン・・・殆ど垂直に落ちていくような絶壁にいきなり立たされた私のビビリ具合、想像いただけますでしょうか?


さすがのダウンヒル男も、この急斜面を真っ逆さまに滑り降りる勇気はなし。


(オ、オレ・・・無事に下まで行けるんだろうか?)


緊張で心臓バクバクの私、そして同様に顔面蒼白の仲間たちの運命やいかに?


                 ・・・・・To be continued!


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