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激 情

今日は、19世紀ロマン派、そしてフランスを代表する作曲家、

 
ルイ・エクトル・ベルリオーズ

Louis Hector Berlioz


の命日・没後150周年にあたります。

       

ベルリオーズは1803年、開業医だった父親の長男としてリヨンとグルノーブルの中間点にあるラ・コート=サンタンドレで生まれました。

幼少時代、通っていた神学校が閉鎖されたため、18歳まで父親の手によって文学・歴史・数学などを習ったという彼は、14歳頃に父親からフルートを、そして翌年にはギターを買い与えられて演奏し始めたとか。

そして父親の蔵書から 『和声論』 などを読み独学で作曲・編曲に取り組み、室内楽曲や歌曲を創ったそうですから、まさに天性の音楽家だったと言えましょう。

18歳で大学入学資格試験に合格し、父親の跡を継ぐべくパリの医科大学に入学したものの解剖学の授業中に怯んでしまい、医学から音楽に興味が移ってオペラに通い詰めるようになった彼は、翌年父親の反対を押し切って作曲を始め、本格的に音楽の道へと進み始めます。

1823年にパリ音楽院に入学しオペラと作曲を学んだ彼は、フランスのロマン主義運動に共感、デュマやヴィクトル・ユーゴー、バルザックらと親交を結びます。

そして1830年に4度目の挑戦で音楽家の登竜門として名高いローマ賞を受賞し、イタリアに留学。

帰国後精力的に作曲活動に取り組み、親交を深めたヴァイオリニストのパガニーニから、「ベートーヴェンの後継者は彼をおいて他にない」とまで言わしめますが、彼の作品はあまり世間に受け入れられず、生活はパリ音楽院の図書館員としての収入と、指揮者としてドイツ・イギリスなど海外の演奏旅行に赴き、その興行収入によって辛うじて支えられていました。

そして元々健康ではなかった彼は、1868年ロシアの演奏旅行で寒さのため体調を崩し、南仏で療養するも体調は戻らず・・・翌1869年3月8日に65歳でこの世を去りました。

死後彼の作品は殆ど注目されることはありませんでしたが、1960~70年にかけて
イギリスの指揮者コリン・デイヴィス(1927-2013)が彼の全作品を録音したことによって注目されるようになりました。

そして彼の代表作として日本でも数多く演奏されるのが、


  幻想交響曲
 Symphonie fantastique

1930年に初演されたこの曲は、それまでにない新しい楽器や複数のティンパニを導入するなど、後のオーケストレーションに大きな影響を与える豪華絢爛な大作ですが、その誕生から後日談までには、幻想と言うより〝劇的なロマンス〟がありました。

1927年に、彼はパリでイギリスのシェイクスピア劇団による 『ハムレット』 を観劇したのですが、その時オフェーリアを演じたハリエット・スミスソンという女優に一目惚れしてしまいます。


       

                Harriet Smithson


もともと情熱的だった彼は、すぐ彼女にラブレターを送ってデートを申し込みますが、その激しい文面に彼女はドン引き。

彼からの申し出に首を縦に振らず、やがて劇団はパリを離れてしまいます。

ふられたベルリオーズは意気消沈し、その思いを込めて作曲したのが、この 『幻想交響曲』 でした。

その傷心から立ち直り、いや立ち直るためにやがて女流ピアニストのマリー・モークと恋愛関係になり、婚約。

しかし前述のローマ賞受賞による留学から戻って結婚する約束だったのに、彼がイタリア留学中だった1831年にモークの母親が彼との結婚に反対し別の男性と結婚させてしまいます。

激怒したベルリオーズは裏切った母娘とその結婚相手を殺し自殺しようと決意し、ビストルと毒薬を手に入れて馬車でフランスに戻りますが、国境を越えたところで凶行を思い留まり、大事に至ることはありませんでした。

今で言うなら、完全なストーカー
うー ・・・ですが、そんな彼に奇跡が起こります。

1832年に偶然『幻想交響曲』の演奏会を聴きに来たスミスソンが、パンフレットを読んでその曲が自分に対する熱き思いで創られたことを知り、感激。

彼はめでたく彼女と結婚することができました。

というハッピーエンド・・・と言いたいところですが、映画 『スピード』 の台詞通り、
異常というか劇的な状況で結ばれた男女関係は長続きしませんでした。

2人の間には長男が生まれましたが、結婚後2年で早くも関係は冷え、1841年には別居状態になり、1854年には彼女が病死。

その後結婚した後妻共々、3人は同じモンマルトルの墓地で永遠の眠りについています・・・って、いいんですかねぇ。

だって後妻になった女性とは、スミスソンと別居している時から交際していたのに。

私だったら、そんな三角関係を死後も続けるのは真っ平ですが・・・。

そんな劇的というかドロドロの恋愛関係が絡まったこの曲には、名演といわれる録音がいくつもあります。

私が持っているCDは、まずカラヤン/ベルリン・フィルの1964年版(左)と1974・75年版(右)。(↓)

 


更にはブーレーズ/クリーヴランド響の1991年版。

       

それとは別に、皆さまには名演の誉れ高い同じフランス出身の指揮者シャルル・ミンシュ/パリ管による演奏をお聴きいただきたく。(↓)


35分過ぎからの第4楽章『断頭台への行進』、第5楽章『魔女の夜宴の夢』 は、クラシック音楽ファンならずともどこかで聴き覚えがあるはず。

今宵この曲を聴きながら、1972~78年に10フラン紙幣に肖像画が使われた、ストーカー・・・ジャナカッタ、激情の音楽家の冥福を祈りたいと思います。
笑3


 


    


 


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