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版 画

日本の伝統芸術として世界に名高い、浮世絵。

今日は、それまで単なる挿絵だった浮世絵を、立派な版画作品というジャンルに引き上げ、〝浮世絵の祖〟といわれる

 菱川 師宣


の命日にあたります。


師宣は現在の千葉県安房郡鋸南町で生まれました。(※生年不詳)

父は縫箔師(ぬいはくし=金箔を使う刺繍職人)だったこともあり、幼少時から絵を描くのが好きだった彼は江戸に出て当初縫箔の仕事をしていたものの、やがて得意な絵付け・絵画の世界へ。


狩野派・土佐派など幕府・朝廷の御用絵師たちの技法を学んで腕を磨いた彼は当初挿絵を描いていましたが、やがて独特かつ斬新な画風が注目されるように。


そして1672(寛文12)年に出された墨摺絵本 『武家百人一首』 に、当時の町絵師としては初めて〝菱川吉兵衛〟と署名。


やがて浄瑠璃本・吉原本などの挿絵だけでなく歌舞伎ものの絵本や枕絵本も刊行するようになり、活躍の場は広がっていきました。

それまで文章がメインであった版本が、彼の出現によって挿絵が主役に取って代わった・・・ともいわれています。


そんな師宣の代表作といえば、『見返り美人図』。(


           



現在東京国立美術館に収められているこの肉筆画は、17世紀末に流行した帯の結び方で鮮やかな着物を着こなす女性が一人で後ろを振り向くという、当時としては実に斬新な構図。

私自身は、失礼ながら師宣の名を知らぬ小学生時代から、この絵は知っていました。

というのは、当時切手収集がブームで、一番高価な切手として、『月に雁』と1948(昭和23)年に発行されたこの『見返り美人』が有名だったから。

もちろん手に入れることなど出来るわけはなく、カタログを見て涎を垂らすだけに終わりまし


たが・・・。

さて師宣の活躍・知名度アップに相乗して人気もうなぎ上り。

そこで版画として墨一色の大量印刷をすることで庶民の手に届くようになったことが、浮世絵の発祥となったのです。



      


井原西鶴の『好色一代男』の挿絵も手掛け、菱川師房・菱川師永など多数の弟子を育てた師宣がこの世を去ったのは、1694(元禄7)年6月4日。

あと10年生きていれば、赤穂浪士の討入りに遭遇し、名画を残してくれたかもしれません。

彼の生まれ故郷である安房郡鋸南町には『菱川師宣記念館』があり、彼の作品や生い立ち、また浮世絵の歴史が展示されています。(※HPはこちら↓)


      < http://www.chiba-web.com/chibahaku/66/ >

北斎や広重ほど有名な作品は少ないですが、元祖・浮世絵師に興味のある方は、一度訪れてみてください。 笑2




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