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兄 妹

中学・高校時代はクラシック音楽一辺倒の私でしたが、例外的に好んで聴いたポピュラー音楽もありました。

それは映画音楽とビートルズ、そしてカーペンターズ。


今日は、この不世出の兄妹ユニットのヴォーカルで、世界中の人々をその天性の歌声で魅了した


 カレン・アン・カーペンター

    Karen Anne Carpenter


の命日、日本流に言えば三十七回忌にあたります。


       


1950年に米コネチカット州・ニューヘイヴンに生まれたカレンは、子供の頃は看護師か画家になる夢を持っていたとか。


しかし4歳年上の兄・リチャードがピアノ演奏を通じて音楽の才能を発揮していることに触発され、ドラムに熱中。 


〝カーペンターズ〟としてデビューしたての頃は、リチャードもヴォーカルを担当した時期があったそうですが、やがてカレンの〝天性の才能〟に気付き・・・ボォーカルはカレンに任せ、リチャードは作曲・編曲とキーボードに専念。


セカンドアルバム 『遥かなる影』(1970年) の大ヒットで一気にスターダムにのし上がりました。


その後も 『トップ・オブ・ザ・ワールド』 や 『イエスタディ・ワンス・モア』 等のヒット曲を連発、グラミー賞を受賞するなど、不動の地位を確立したかに思えた2人だったのですが・・・。


     

1970年代半ば頃から、コンサート・ツアーやレコーディングの過密スケジュールが祟ったのか、カレンは摂食障害(拒食症)に悩まされるようになり、体調を崩していきます。


1975年、ラスベガスでの公演中に彼女が倒れたことでそれが発覚、日本公演などがキャンセルされる事態になりました。


その原因については、完璧主義者の母親の影響や音楽雑誌に〝太っちょカレン (Fat sister )〟と書かれた事など様々な憶測がなされていますが、はっきりしたことは分かっていません。


その後も過食症と拒食症を繰り返したようで、1980年に実業家と結婚するも1年後には破綻。


33歳の誕生日を迎える直前、そして離婚同意書に署名する僅か数時間前の1983年2月4日早朝・・・急性心不全により、天才ヴォーカリストはこの世を去ってしまいました。


彼女の死によって、私は初めて摂食障害という病気のことを知ったのですが、おそらく世間でも認知されていなかったこの病気に罹った彼女は、周囲の理解を得られずに苦しんでいたのかもしれません。


兄を尊敬し慕っていたカレンは、リチャードにガールフレンドができると、悉くその邪魔をしたとも伝えられています。


カレンにとって最愛の男性は、兄だったのでしょうネ。


リチャードは妹の死によって演奏活動を休止することを余儀なくされましたが、翌年に結婚。 


現在は5人の子供と共にカリフォルニア州で暮らしているそうですが・・・妹を失ったことで創作活動から離れた半面、幸せな結婚生活を手に入れた彼の心中は、いかばかりなのでしょう。


ガラスのように繊細な感受性と、人々の心に泌みいる歌声を持っていたカレンの冥福を祈りつつ、その懐かしい歌声をお聴きください。




そういえば私、今でも毎日のようにカーペンターズの曲を聴いているんです。


だって我が家の浄水器は、水を出す時 『イエスタディ・ワンス・モア』 を奏でるんですから笑2


 

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