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多 作


音楽室に壁に貼ってある肖像画の中で
、必ずと言っていいほどバッハ・ヘンデルと、モーツァルト・ベートーヴェンの間にいる人物・・・といえば、


 フランツ・ヨーゼフ・ハイドン

   Franz Joseph Haydn


今日はこの古典派を代表する大作曲家の命日にあたります。


ハイドンは1732年、ハンガリー国境に近いオーストリア・ローラウ村生まれ。


父は車大工、母は料理人という家庭に育ちましたが、幼い頃から音楽の才能を認められ、6歳で音楽の勉強のため学校長を務める親戚に預けられ、そこで基礎教育を受けました。


そして8歳でウィーンのシュテファン寺院児童合唱団に入りましたが、声変りをした17歳の時に殆ど無一文状態で解雇され、合唱団仲間の家に身を寄せて流しの楽団で仕事をするなど、苦労を重ねます。


18歳頃にチェンバロと教科書を手に入れた彼は独学で作曲の勉強を始め、25歳で弦楽四重奏曲、27歳で交響曲を初めて作曲。


徐々に名が売れ始めた彼は、29歳の時にハンガリーの大貴族・エステルハージ家の副楽長となり、5年後に楽長に昇格・・・以後58歳でその職を辞すまで、30年近くにわたり同家に仕えました。


         ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草


1781年頃にモーツァルトと出会い、彼から〝ハイドン・セット〟と呼ばれる弦楽四重奏曲6作品ょの献呈を受ける一方で彼の遺児の進学を援助するなど親交を深め、またベートーヴェンとも会ったり渡英するなど様々な触発を受けながら作品の完成度を高めていったハイドン。


何といってもその特徴は、作品数の多さ。


オラトリオやピアノ・ソナタ、ピアノ三重奏など様々なジャンルの作品を多数残しましたが、特に弦楽四重奏は83曲(但し一部に偽作の指摘あり)、そして交響曲はなんと104曲+α。


ベートーヴェンが9曲、モーツァルトでも41曲ですから、その作品数は驚異的。


ただあまりに多過ぎて全ての作品が演奏・録音されているわけではなく、私自身も80番~100番台の交響曲しか聴いたことがありません。


しかし、皆さんがよく耳にする有名なメロディーも、数多く残しているんです。

中でもおそらく最も多くの方がご存じなのが、この曲ではないでしょうか?


【弦楽四重奏曲 第77番 『皇帝』 第2楽章】・・・これだけではピンとこないと思いますが、ちょっとこちらを聴いてみてください。(


  < http://www.youtube.com/watch?v=PSLyrR-DYMo >
>


どこかで聴いた記憶、ありませんか? 実はコレ、ドイツの国歌なんです。


元々はハイドンが神聖ローマ皇帝フランツ2世(後のオーストリア皇帝フランツ1世)に献呈した 『神よ、皇帝フランツを守り給え』 という賛歌として作曲されオーストリア帝国の国歌となったもので、その旋律が 『皇帝』 に使われているのです。


ハイドンの死後ドイツの詩人アウグスト・ホフマンがこの曲に歌詞をつけたものが、1922年にドイツの国歌となり、現在に至っているそうな。


一方のオーストリアは、第二次大戦後にモーツァルトの曲を使用した 『山岳の国、大河の国』 に国歌を変更しているのです。


こんなエピソードからも、ヨーロッパの歴史の複雑さが伺えますネ。


ま、それはともかく・・・今から206年前の今日・1809年5月31日、77歳でこの世を去った大作曲家のご冥福をお祈り致します。
笑3




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