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元 祖

今日は、アツアツのご飯に乗せて食べると美味しい・・・そう、


 明太子の日


なのだそうです。


辛子明太子の生みの親・川原俊夫が社長を務める『ふくや』(1948年創業)が初めてこの商品を発売したのが、1月10日だったことに因むそうな。


       


1913(大正2)年に韓国・釜山で生まれ、終戦後福岡に復員した川原氏は、1948年10月に博多中洲に小さな食料品店 『ふくや』 を開業。


子供の頃釜山で食べていた庶民の食べ物である〝たらこのキムチ漬け〟の味が忘れられなかった彼は、その独自開発を決意。


そして今からちょうど70年前の今日・・・商売繁盛を願う十日恵比須神社大祭の日・1949(昭和24)年1月10日に、〝明太子〟を発売したのです。


(韓国ではスケトウダラを〝明太(ミョンテ)〟といい、その卵は明太の子だから明太子・・・日本人はこれをメンタイコと読んだわけです。)


しかし発売当初は味が良くなかったせいか全く売れず。


従業員から店主の道楽などと陰口を叩かれたそうで、作っては捨てるの繰り返しだったそうですが、試行錯誤の末に唐辛子などを加えた独特の調味液に漬け込むことで良い味を出すことに成功。


初売りから10年近く経った1957年に〝味の明太子〟を発売すると、徐々に売れるようになり、小料理屋で出されるように。


1965年頃には大阪の政財界で評判となって、キャバレーから大量注文を受け2トントラックに満載して送り届けたこともあったとか。


そして1975年に山陽新幹線が博多まで伸びると、人気は全国区に。


すると当然のことながら、「作り方を教えて欲しい」 という人が何人も現れたそうですが、川原氏は特許や登録商標の申請を一切せずに惜しげもなくその製法を教えたのだそうです。


「明太子がより多くのお客様の手に届くように」


という思いだったそうですが、何という心の大きな方だったのでしょう。

※ただ現代ではそれをやるとすぐ隣国にパクられるので、止めて欲しいですが・・・。うー


反面、自社の製品管理には非常に厳しく取り組まれており、品質保持のため一切卸売りをせず直売に拘ったそうな。(※2015年から卸売りを解禁)


まさに 「他人に優しく、自らに厳しく」 の見本と言えましょう。


          


1980年に67歳で亡くなられた川原氏は生前、


「運が良い人とは、『運の良い人と付き合う人』である。

 運が良い人には『私心』がない。」


と仰っていたとか。 また、


「 受けた恩は 石に刻め  施した恩は 水に流せ」


常に〝人のため〟を思い続けた川原氏がよく口にしたというこの言葉を、今日は辛子明太子を味わいつつ、重くかみしめたいものです。


ただ、明太子って美味しいんですけどプリン体を多く含んでますから、私のように尿酸値が高い方は、食べ過ぎにご用心を!あせあせ


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