FC2ブログ
侵 入

1976(昭和51)年に、北海道にの函館空港にソ連の戦闘機ミグ25が強制着陸した事件に関しては、以前拙ブログでご紹介しました。(

< http://ameblo.jp/warmheart2003/entry-11262207259.html
>

当時の自衛隊は散々叩かれましたが、幸いにもその後本土に外国の戦闘機が着陸した事例はありません。

しかしその事件から11年後の今日・1987年5月28日・・・今度はソ連が外国籍の飛行機の着陸を、何と首都・モスクワに許してしまったのです。

ただしそれはジェット戦闘機ではなく、セスナ機でしたが・・・。 この

 赤の広場 セスナ機着陸事件

を引き起こしたのは、当時19歳の西独人マティアス・ルストMathias Rust


           


パイロットだった彼は、ハンブルグでレンタルしたセスナ172B型機をフィンランドのヘルシンキ空港へ飛ばし、給油後ストックホルに向け出発・・・と申告して離陸すると、機首を東に向けると、ソ連(モスクワ)に向け一直線。

この日は偶然にもソ連の国境警備隊の休日だったこともあって、セスナ機はモスクワまですんなり飛行。

途中ソ連の戦闘機が追尾したのですが、あまりに速度差が有り過ぎて追い越してしまうというマンガのような話も。

またこの前年に大韓航空機を撃墜して国際的なバッシングを受けていたこともあり、ソ連空軍は民間の小型機を撃墜することが出来ず・・・結局ルスト青年は5時間の飛行の末にモスクワのド真ん中・クレムリンに隣接する赤の広場に無事着陸を果たしたのです。


      


即時逮捕されたルスト青年は、航空法違反・不法入国などの罪で懲役4年の判決を受け、結局約1年半の間刑に服した後にグロムイコ外相の恩赦により釈放・帰国。

しかしソ連は今後激震に見舞われます。

当時最高権力者で改革推進派だったゴルバヂョフ書記長は、この機とばかりに抵抗勢力の中心であったソコロフ国防相とコルドゥノフ防空軍総司令官に責任を取らせる形で解任。

更に軍関係者約300人を処分し、一気に軍の勢力を削ぐことに成功。

これによりペレストロイカ(政治再構築)やグラスノスチ(情報公開)が一挙に進行し、最終的にはベルリンの壁崩壊へと繋がっていきました。

取り調べの際、飛行の動機を 「東西の対立を解消し平和をもたらすため」 と語ったルスト青年の本懐は、見事遂げられる結果となりました。

まさに〝蟻の一穴〟ならぬ〝セスナのひとっ飛び〟!?

しかし本来ならヒーローとなるべきルスト青年のその後は、波乱万丈というか踏んだり蹴ったりというか・・・。

彼の操縦するセスナ機がレーダーから消えたことで捜索した費用10万ドルをフィンランド政府から請求され、更に故郷に帰った翌年には交際を断った女性をナイフで刺して2年半の懲役。

その後も2001年には万引きで罰金刑を受けています。

およそヒーローとはかけ離れた生活を続けてきた彼も、来月47歳に。

現在はオンライン・ポーカーの賞金で食べているという、ギャンブラー・・・果たして今後はどうなることやら?

『あの人は、今?』 シリーズの格好の餌にならなければいいのですが。うー







スポンサーサイト



コメント
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック