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幸 域

中高年の野球ファンの方なら、かつていくつかの野球場には外野フェンスの前に金網で仕切られていた

 ラッキーゾーン

が設置されていたことをご記憶のことと思います。

実はこれ、日本独自の設備というかアイデア・・・野球の本場・アメリカでラッキーゾーンと言っても通じない、完全なる和製英語。

このラッキーゾーンが日本で初めて甲子園球場で設置されたのが、今から68年前の今日・1947(昭和22)年5月26日のことでした。

なんとプロ野球のシーズン途中に設置されたんですネ。

甲子園球場は1924(大正13)年に開場しましたが、当初は陸上競技など多種目利用が目的だったためグラウンドが扇形ではなくほぼ三角形・・・両翼110m・センター120m、左・右中間が128mもあるビックサイズ。

従って柵越えホームランは滅多に出ませんでした。

しかし戦後プロ野球が復活すると、ファンが豪快な柵越えのホームランに注目するようになったため、甲子園は慌てて左右両翼に金網フェンスを張ってラッキーゾーンを設け、それを超えたらホームランというルールにしたわけです。


昔の高校野球では、殆どがこのラッキーゾーンに入るホームランでした・・・が、PL学園時代の怪物・清原選手はそれを飛び越えてスタンドに軽々放り込んでいましたっけ。


        


この甲子園に倣って、その後西宮球場、鳴海球場、神宮球場などいくつかの球場にもラッキーゾーンが登場。


しかしその後バットやボールの品質が向上して飛距離が伸びたため、徐々に撤去・・・甲子園球場でも1991年12月に金網は取り外されました。

現在もラッキーゾーンが常設されているのは、鳥取県にある倉吉市営球場(グリーンスタジアム倉吉)だけだそうです。

※もっとも、今年からヤフオクドームに登場した『ホームランテラス』は実質的にラッキーゾーンと言えますが・・・。

現在プロ野球が行われている球場の外野フェンスは警備上の問題もあって高さ数メートルもあり、アメリカのように外野手が柵越えのホームラン性の打球を好捕するシーンが見られなくなりました。

しかしラッキーゾーンがあった頃は、そんなプロならではのファイン・プレーが何度も旅出したものです。

それではその中からとっておきの映像・・・1981年9月16日に西宮球場で行われた阪急-ロッテの後期11回戦の1回表に飛び出した、阪急・山森外野手の超ファイン・プレーをご覧ください。(




実は山森選手、このたった1プレーが高い評価を受け、アメリカのホームランキャッチ・ベスト10の第1位を獲得したばかりか、日本人で初めてアメリカの野球殿堂入りを果たしたのです。

でも、決してこの神がかり的なプレーは偶然に出来たわけではありませんでした。

山森選手は試合前、常にフェンスの高さや距離を確認し、金網の上を歩く練習までしていたとか。

まさにプロの仕事ぶり・・・単なる〝一発屋〟ではなかったのです。

もう今後プロ野球では、こんな職人芸が観られない・・・昭和オヤジとすれば寂しい限りです。


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