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砂 漠

今でこそ、ネットなどを通じて世界中のニュースがリアルタイム映像で見られる時代ですが、今から55年前の今日初めて成功した、日米間における

 テレビ衛星中継

は、当時としては画期的な出来事でした。

それは翌年開催される東京オリンピックの映像を全世界に向けて発信し、日本の戦後復興をアピールするという、明確な目標をもって開発が急がれたもの。

日本では茨城県多賀郡にある国際電信電話会社宇宙通信実験所(現・KDDI茨城衛星通信センター)に1963(昭和38)年11月、直径20mのカセグレンアンテナを完成させ、同月19日には日米政府間で衛星中継(※当時は宇宙中継と言っていました)実験に関する合意が成立。

その4日後の11月23日に実験が行われたのです。


    

           左上がカセグレンアンテナ 右下は直径6mの追尾アンテナ


アメリカが打ち上げた通信衛星リレー1号を利用しての実験は、同衛星が約3時間で地球を1周する低軌道衛星だったため、日米双方から見える20分程度が中継の限度だった中、日本時間の同日午前5時27分過ぎ、アメリカからの送信を日本側で受信することに成功。


  


当初の予定では、上写真・右のNASA静止画像に続き、予め録画されていたケネディ大統領のメッセージが送られてくる予定でした。

しかし、送られてきたのは・・・なんと砂漠の映像。

    

実はこの2時間半前、ダラスでケネディ大統領が暗殺されたために、急遽差し替えられたのでした。

 ※ケネディ大統領暗殺に関する過去記事は、こちら。(↓)


ですから、よく〝日米初の衛星中継で流されたのは、ケネディ大統領暗殺のニュース〟と言われますが、実は砂漠とサボテンの画像だった・・・というのが、正しいのです。

この第1回目の実験は午前5時27分42秒~48分まで約20分間行われ、2回目の実験は同日午前8時58分から約17分間・・・この時に、ケネディ大統領暗殺の一報が送られてきました。

    


この時送られてきたのは、アメリカ側が制作した画像・・・ですが、音声は日本語でした。

ナレーターを務めたのは、毎日放送ニューヨーク特派員だった、前田治郎さん。(当時35)

取材先に向かう途中ケネディ暗殺を知った彼は、ABC国際部門のオフィスに取って返し、日本に送る資料を集めていたのですが、その時ABCの広報担当者から

「(現地時間の)午後7時から2回目の宇宙中継実験が行われる。

君が日本語でこの大事件のニュースを送ってみないか?」

と打診されたのです。 

それを彼が快諾したことを受け、ABC国際部門のコイル社長が実験担当だったNBCに電話をかけ、テレビ画像と音声の回線を設定。

その約1時間後、日本時間の午前9時から2回目の実験が開始され、そのNBCのケネディ暗殺ニュース映像にかぶせて、前田さんのほぼアドリブによる日本語ナレーションが流されました。

「これは輝かしい日米テレビ中継の回目のテストであります。」

「この電波に乗せて、誠に悲しむべきニュースをお送りしなければなりません。 既にニュースでご存知とは思いますが、アメリカ合衆国ケネディ大統領は11月22日、日本時間23日午前時、テキサス州ダラス市において銃弾に撃たれ死亡しました。この電波に、このような悲しいニュースをお送りしなければならないのは、誠に残念に思います。」

コイル社長のデスクに座って行われたこの前田さんの13分余りにわたるナレーションは日本のテレビニュースで流れ、人々に大きな衝撃を与えたことは言うまでもありません。

    


その後コイル社長がABCの東京事務所に当時12回線しかなかった国際電話をかけ、日本のテレビで放映されたことを確認。

前田さんと社長はウイスキーで乾杯し、中継の成功を祝ったとか。

おそらく前田さんにとっては、生涯で最も美味いウィスキーだったことでしょう。

この歴史的な出来事は後にNHKのブロジェクトXでも取り上げられましたが、実際の実験映像をこちらでご覧いただけます。(↓)

  https://www2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009030052_00000


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