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裸 足

必殺技・雷電ドロップを引っ下げ、〝人間風車〟ビル・ロビンソンに日本人で初めて勝ち、第7代IWA世界ヘビー級チャンピオンに輝いた男・・・私のような昭和世代のプロレス・ファンなら、その名をご存知のことでしょう。


 サンダー杉山 


今日は、この実力派レスラーの命日・十七回忌にあたります。


        


サンダー(本名:杉山恒治)さんは、1940(昭和15)年に新潟県糸魚川市で生まれました。


高校時代までは柔道、そして明治大学ではレスリング部に入り、ヘビー級の選手として日本国内タイトルを総ナメ。 


そして日本代表選手として東京オリンピック出場した翌1965年、プロレス界に身を投じました。


一時期全日本プロレスにも所属し、あのジャイアント馬場ともタッグを組んだこともありましたが、私の記憶に残っているのは、自ら旗揚げに加わった国際プロレスでグレート草津や豊登らとタッグを組んで活躍する彼の姿。


私と同じ身長178cmで体重が125kgというあんこ体型からは想像できない、リングシューズを履かずに裸足で俊敏な動きをする姿が記憶に残っています。


余談ですが、子供の頃に観た 『007 ゴールドフィンガー』 (1964年公開)に出てくる、山高帽を武器にする東洋人の用心棒・・・かなり長い間、私はサンダー杉山だと思ってました。


       


彼も同じプロレスラーで、ハロルド坂田(1920-1982)という方なんですが・・・ソックリだと思いませんか?あせあせ


現役時代から子供向けのTV番組に出演し、リング上のイメージとは違った愛くるしいキャラクターを披露した彼は、1972年に全日本プロレスに移籍した後、1976年にフリーとなって 『サンダー杉山コーポレーション』 を設立。

飲食業や自動販売機設置などで年商35億円まで伸ばし、実業家としても成功を収めます。


しかし現役時代から患っていた糖尿病が、右手首と両足膝下を切断するまでに悪化。

そして2002(平成14)年11月22日、心不全により62歳でこの世を去りました。


現在のプロレスは、どちらかというとセメント (真剣勝負) の要素が強い傾向にあるようですが、私には杉山さんの活躍したショーマンシップ溢れる〝昭和のプロレス〟が懐かしくもあるのです。笑3


そんな彼のリング上での懐かしいファイトを観つつ、昭和の名レスラーの冥福をあらためて祈りたいと存じます。


※(↑)のようにライバルとしてブッチャーと死闘を演じた杉山選手ですが、実は彼とはアメリカ修業時代にタッグを組んでいた仲良しコンビだったそうな。

日本では、ちょっとやりにくかったのかもしれませんネ。
あせあせ


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