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公 衆

アパート住まいをしていた子供の頃は、両親に手をつながれて毎日通うのが楽しみでした。

また小学校に上がってからも、その広さが懐かしくて時々行った・・・今日は、その

 銭湯の日

なのだそうです。 その理由は、10月10日→1010・・・実に単純明快ですネ。


銭湯とは、客が入浴できる公衆浴場の一種。


公衆浴場とは 『温湯、潮湯又は温泉その他を使用して、公衆を入浴させる施設』 のこと。 (公衆浴場法第1条)

その中で、日常生活における保健衛生上必要な入浴のために設けられた公衆浴場を一般的に〝銭湯〟と呼び、健康ランド・サウナとは区別しています。

銭湯というと、神社のような寺社のような重厚な建物の作りに煙突・・・これが定番。


弊社のすぐ近くにあるこちらの銭湯も、しっかりその伝統を受け継いでいます。(↓)

    


銭湯のルーツは、仏教が伝来して以降、僧侶が身を清めるため寺院に作られた〝浴堂〟だとか。

そして鎌倉時代には一般の人々にも無料で開放する寺社が出始め、荘園制度が崩壊すると入浴料を取るようになり、これが銭湯の始まりといわれています。

江戸時代には、火災防止の観点から家風呂は一部の大きな武家屋敷以外では禁じられていたため銭湯が人々の入浴の場となって発展。

ただし当時は蒸気浴が主流だったそうですが。

明治時代初期になって天井が高く開放的な風呂・・・つまり現代の銭湯の様式が確立され、人口の増加とともに全国に普及しました。

通っていた時は大きな湯船で時々泳いだり、風呂上がりに扇風機にあたりながらフ〇チ〇でコーヒー牛乳を飲むのが楽しみでしたねェ。

そして銭湯といえば、全国共通の備品がありますょネ。

それは、〝ケロリン桶〟。

あの黄色い桶のそこに、朱書きでケロリンと書かれた黄色くと丈夫なプラスチック製の桶は、何処の銭湯にも置いてあったはず。

これは内外製薬株式会社が鎮痛薬ケロリンの広告として1963(昭和38)年から製造されていたそうですから、私もお世話になりました。

でもこの桶、サイズが全国統一ではないんだそうです。(↓)

       

左が関東、少し小さい右が関西バージョン。


どうして違うかというと、関西では湯舟に桶を入れてかけ湯をする習慣があったため、あまり重くならないようにしたんだとか。

そして銭湯といえば、壁面に描かれた〝富士山〟を外すわけにはいきません。

    

一部にはタイルで描かれた銭湯もありますが、基本的にはペンキ絵。

これは1912(大正元)年に東京・神田にあった 『キカイ湯』 のご主人が画家・川越広四郎さんに依頼して描いてもらったのが最初だそうな。

以来これが銭湯の定番になりましたが、この絵には不文律というか掟(?)があるそうで、


 ◆ 赤い紅葉は秋に落葉する
 ◆ 猿はお客さんが「去る」につながる

という理由で描かれないんだそうです。

今度銭湯に行く機会があったら、チェックしてください。

しかしこの富士山のペンキ絵は、基本的に関東の男湯に限られるんだそうな。

関西では湯舟が中央にあるので、ペンキ絵はまず描かれないんだそうで、女湯には一緒に入る子供が喜ぶように汽車・自動車や動物を描く場合が多いのだとか。

この辺り、いかにも日本らしい心配りと言えましょうか。

しかし現代はどのお宅にも風呂があり、また健康ランドなどの普及によりその数は減少の一途を辿っています。

1968(昭和43)年には全国で17,642軒(東京2,660、大阪2,309)あった銭湯も、2015(平成27)年3月末には4,293軒(東京659、大阪701)と、約1/4に。

そして現在は4,000軒を割り込んでいるそうな。

公衆浴場に行かないから、人前で裸になって風呂に入れないっていう子供が増えたんでしょうネ。

またペンキ絵師も全国でたった3名・・・まさに風前の灯。

銭湯とペンキ絵師は、一体いつまで日本に存続するのか?

と心配していたら、田中みずきさんという1983年生まれの女性が現在もペンキ絵師として頑張っているそうな。

プログも開設していますので、是非注目・応援してください。(↓)


          http://mizu111.blog40.fc2.com/


だ、誰ですか? ペンキ絵見るより、番台に上がりたいなんて言ってるのは!うー


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