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赤 色

西部劇の時代から現代まで、〝銀行強盗〟を題材とした映画は数多く作られてきました。


もちろん実際に洋の東西を問わずこの犯罪は起き続けていますが、我が国で初めてこの凶悪犯罪が起きたのは、いつ頃だと思いますか?


それは・・・今から86年前の今日のこと。 


 赤色ギャング事件


と呼ばれる銀行強盗は、1932(昭和7)年10月6日に現在の東京・大田区で起きました。


では何故〝赤色〟と言うのか?


それは犯人3名が赤い覆面をしていた・・・からではなく、彼らが共産党員だったから。


当時の共産党は当局の締め付けにより党員や支持者が次々に検挙されたり拠点を潰されるなどで資金難に陥っていました。


一方で同党では、「ブルジョアがプロレタリアートから奪ったものを取り返すのは恥ずべきことではない」 という大義(屁理屈?)のもと、党の窮状を救うためにあらゆる犯罪に手を染めていました。


実際、若手党員に実家から現金や株券を持ち出させたり、〝美人局〟で経営者から大金を脅し取ったりしていたとか。


しかしそれでも資金が足りず、遂には銀行強盗を計画。


当初はゴロツキを利用しようとしましたが、彼らに準備資金を持ち逃げされ失敗。 結局ギャング映画を真似て、自らの手で決行することに。


犯行メンバーの父親が取引をしていて内部に詳しい、という理由で川崎第百銀行・大森支店に狙いを定め、実行犯グループは閉店直後の同行に突入、ピストルで行員を脅して31,234円 (※現在の貨幣価値で約2,000万円) の強奪に成功。


史上初の銀行強盗事件ということで号外が出されるほどの話題となりました。


           

            事件を報じた東京朝日新聞の見出し           


しかし、犯人たちはあっさり捕まります。


事件から3日後、首謀者の〝 I 〟 がピストルの入手先から情報をたぐった当局により街頭で身柄を確保され、その後芋づる式に他の共犯者・関係者ら総勢14名が逮捕。


共産党は壊滅的な打撃を受ける結果となりました。


以上は当局側の発表なのですが、共産党側はこれを否定。

事件は当局による〝赤狩り〟に利用された、と主張しています。


しかし、この銀行強盗事件のウラには驚くべき事実が!


ここで登場するのが、スパイM・・・松村こと飯塚盈延(みつのぶ)なる人物。


彼は共産党員でありモスクワにも留学していますが、その頃共産党に幻滅し、帰国・逮捕後に当局のスパイになったとか。


この事件が起きた当時の彼は共産党の中心人物であり、銀行強盗に関しても裏から糸を引き党員に決行させたばかりか、その情報は彼から逐一当局に伝えられていました。


そして後日起きた熱海での共産党員一斉検挙でも当局に協力した後、忽然とその姿を消したのです。


映画や小説に出てくるようなスパイが、日本にも存在した・・・こんな史実に興味のある方には、この書籍をお勧めします。(


『昭和史最大のスパイ・M 日本共産党を壊滅させた男』

                  (小林峻一・鈴木隆一 共著 ワック・刊)


        ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草


スパイ防止法がない我が国は、外国人スパイにとって天国と言われています。


そういったことを考えつつ、戦前の昭和裏面史に触れてみてください。

また共産党は、盛んに政府を批判し自らの理想郷のような主張を声高に主張していますが、私に言わせれば〝公安調査庁の監視対象である、暴力革命を目指す危険団体〟。

実際、過去にはこの事件を始め殺人事件や警察署襲撃など数多くの暴力事件を起こしてきました。

その数はあまりに多く、ここではとても紹介しきれません。

この共産党の歴史を詳しく知りたい方には、この本がおススメ。


『日本共産党研究』 (産経新聞政治部 産経新聞出版・刊)

       

巻末の年表だけでもお読みいただければ、いくら野党がだらしなくとも絶対に票を入れてはいけない政党であることが、お分かりいただけるはずです。
うー

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