FC2ブログ
ワープロ

今日のタイトル、中高年の方には馴染みがあると思いますが、 「なにソレ?」 って首をひねる若者もいらっしゃるでしょうネ。


私は今でも時々 「ワープロを打つ」 って口を突いて出てしまう時があり、そのたびに (あ~ぁ、また言っちゃった!) と自己嫌悪に陥ります。


今は 「パソコンで文書を作成する」 とか 「Word を使う」 等と表現するのが正しいのでしょうか?


ま、それはともかく・・・初の日本語用のワープロ すなわち


ワードプロセッサー


の開発が東芝から発表されたのが、今からちょうど40年前の今日・1978(昭和53)年9月26日でした。


翌年2月から発売が開始された 『JW-10』 というそのワープロは、1台なんと630万円驚き顔


そして総重量が220㎏もあったそうな。(


              


発売から遡ること7年前・・・『JW-10』 の開発者・森健一氏と新聞記者が雑談していた時、「欧米の新聞記者に比べて日本の記者は記事を書くのが遅い」 ことが話題となったそうな。


森氏はそれが道具の差であると考え、日本語ワードプロセッサーの開発を決心したことが、この画期的製品誕生のキッカケだったとか。


以後各社のワープロ開発競争は激烈を極め、低価格・軽量小型化が急速に進みました。


私が社会人になって4年目の1984年頃でしたか・・・取引先に伺った際、そこの社長さんが


「おぉっ、ナベちゃん、ちょうどいいところに来たねェ。 

ちょっとこっちにおいでょ。」


そう仰って社長室に招き入れられると、デスクの上になにやら菓子折り箱みたいな物が。


「これ、何だか分かるかい?」 


得意げに話しかける社長。 私は見たこともない物体に想像もつかず、「何スか、これ?」 と聞くと、


「へっへっへ~、これが〝ポータプル型ワープロ〟ってヤツよ。


新製品だから高かったんだぜ、コレ。」


何でも20万円近く・・・確か当時の私の手取り月給くらいでした。


そしてもうひとつ驚かされたのは、その製品のメーカーがブラザー工業だったこと。 


私のイメージでは、同社はミシンや編み機の製造会社。


(へぇ~、ブラザーさんまで手掛けるワープロって、将来有望な製品なんだなァ~。)


と思ったことを憶えています。


当時のワープロは僅か1~2行しか画面に表示できず、モノクロ。

印刷用のインクリボンはすぐになくなって、しょっちゅう交換が必要。


現在のPCソフトの利便性とは隔世の感があります。

ちなみに私が自分で初めて買ったのは、社長に見せびらかされてから3年後・・・東芝のルポでした。

       


数行が画面に表示される、当時としては最先端の機種でしたが、1990年代に入ると画面が白黒からカラー液晶へと進化。

しかしパソコン用のワープロソフトやプリンターの進化が急速に進み、ワープロ専用機のニーズは低下。

1999年にはパソコンの売上がワープロ専用機の売上を逆転し、2001年までに製造が中止されました。

画期的な発明と言える日本語ワープロは、開発から僅か23年で寿命を迎えたのです。

確かにワープロは便利な製品ではありましたが、これを使うようになったおかげで字を書く機会が減り、唯でさえ悪筆の私はますます字がヘタクソになったような気がします。


そしてもうひとつ。


すっかり漢字を書けなくなってしまったんですが・・・これも、決して歳のせいだけじゃないですょネ? うー


 


              人気ブログランキング

スポンサーサイト



コメント
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック