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大御所

日本映画・ドラマ界きっての大物俳優で、〝霊界の権威〟・・・といえば、もうあの方しかいませんょネ。 今日は、その

 丹波 哲郎 さん


の命日・十三回忌にあたります。


       


丹波 (本名・正三郎)さんは、1922(大正11)年に日本画家・丹波緑川さんの三男として現在の新宿区百人町に生まれました。


中央大学法学部に進学し、在学中にGHQの通訳アルバイトをしたことが、後々大いに役立つことになります。


同大卒業後は俳優を志し、小劇団を経て新東宝に入社。


デビュー作は主役級だったものの、その後は脇役ばかり・・・しかし主役を食う程の存在感が、当時からあったとか。


しかし1960年に同社社長と衝突して退職、フリーに。 


その後当時フジテレビのディレクターだった五社英雄さんとコンビを組んでテレビドラマに出演して注目されるようになり、『3匹の侍』でスターの座を手にします。

 
※五社英雄さんに関する過去記事は、こちら。(↓)



その後も東映映画で存在感のある役どころを好演しますが、何と言っても丹波さんをスターダムに押し上げたのは、人気映画シリーズの第5作・『007は2度死ぬ』(1967年)の出演でしょう。


かねてより海外映画への出演経験があり、英語が堪能だったことで指名されたそうですが、初代ボンド役のショーン・コネリーと共演したこの作品によって〝TETSURO TANBA〟の名は、三船敏郎さんと共に海外で知られるようになります。

    


しかし私が個人的に彼の出演映画として最も印象深いのは、1974年に公開された『砂の器』。           


加藤剛さんが演じる主役の音楽家を、地道な捜査で追い詰める警部補役・・・派手さはなくとも静かな迫力を持って演じた丹波氏の演技は、実に印象的でした。


    

またブルーリボン賞・助演男優賞と日本アカデミー賞・最優秀助演男優賞を獲得した 『二百三高地』(1980年公開) での児玉源太郎役も見事。


とはいえ、これらの作品は大人になってから観た作品。


私にとっては、高校時代に毎週みていた観ていた 『Gメン’75』 の黒木警視役こそが、丹波さんのイメージ。


        


文字通り1975年からTBS系列で放映されたこの番組・・・滑走路をメンバーが1列に歩くシーンは今もって忘れられません。

捜査チームを引っ張る黒木警視と、石原裕次郎氏演じる 『太陽にほえろ!』 の藤堂係長・・・この2人が、私にとって〝ボス〟のイメージそのものでした。


いつの頃からなのか、「家庭に仕事は持ち込まないから」 という理由(?)で台詞を覚えてこないことで有名になった丹波さん・・・晩年は俳優というより霊界話で知られたような気もします。


       

そんな丹波さんが84歳にして本当に霊界へと旅立ったのは、2006(平成18)年9月24日のことでした。


ドライブ中に交通違反で止められた際、警官に「Gメンの丹波だが・・・」と嘯いたという豪快(?)なエピソードがある反面、実際には人一倍心配性で繊細な神経の持ち主だったとか。

海外作品10本を含め、半世紀に及ぶ俳優人生で延べ300本以上の映画に出演したという大物俳優のご冥福を、改めてお祈り致します。 


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