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襲 撃

今日・明日と、拙ブログでは学校で絶対に教えない、終戦直前に起きた日本人襲撃事件について記したいと思います。

まずは、今から73年前の今日・1945(昭和20)年8月12日に起きた、


しょうさんこく
小山克事件


について。


事件現場の小山克とは、満州国吉林省を走っていた南満州鉄道京図線の九台駅-吉林駅間の地名。


   

       (現在の)吉林省            九台駅と吉林市の位置


同年8月9日、ソ連軍が日ソ中立条約を一方的に破棄して、満州国に侵攻。


これを受けて、満州国を守る関東軍は総司令部を新京(現・長春)から通化に移し、満州南部と朝鮮半島を最終防衛ラインとしてソ連軍と対峙する作戦を立案。

8月10日早朝から連絡のつきやすい軍人の家族を第一陣として新京駅から避難民の移送を開始しました。

そして翌日昼までには約38,000人の移送を終えましたが、更に日本人が新京駅に殺到。

8月13日には満州国皇室一行が一番列車に乗って新京を出発。


そして午後2時過ぎに出発した2番列車に乗った日本人らが、事件に巻き込まれてしまったのです。

同列車が九台駅に到着すると、鎌などを手にした支那人が持ち構えており、客車に乱入して避難民から金品を略奪。
(この時満人鉄道公安官は見て見ぬふり。)

そして列車は同駅から吉林駅に向けて発車したのですが、吉林盆地に抜ける小山克トンネルに差し掛かったところで、今度は小銃で武装した支那人らが線路を焼き払って待ち構えていたのです。



止む無く停止した列車に乗り込んできた暴民らは、鉄道公安官を縛り上げて拳銃を奪い、日本人女性を車外に引っ張り出して輪姦を始めました。

女性が抱いていた乳児は窓から放り投げられ殺されたそうで、これを見た女性100人以上が線路脇の崖から谷底に身を投げて集団自決。

避難民は事件を知らせるため何人も使者を吉林駅に送ろうとしましたが、悉くトンネルに辿り着く前に射殺されてしまいました。

しかし運よく谷底に転落した13歳の少女がケガを負いながらも吉林駅に辿り着き、事件を知らせました。

報告を受けた関東軍は、直ちに一個大隊600名を列車で現場に派遣し、翌8月14日午前5時半頃に到着。

日本人女性を抱きながら眠り込んでいた暴民を鎮圧すると同時に線路を復旧させ、列車は吉林駅へ向かいました。

その後列車は目的地の通化に到着し、避難民は収容所に収容されたのです。

 

             事件現場と通化市の位置

その直後、『通化事件』 に巻き込まれることなど知る由もなく・・・。


※『通化事件』に関する過去記事は、こちら。(↓)



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