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執 刀

今からちょうど50年前の今日、日本中を驚かせる医療が行われました。 それは

 心臓移植手術

日本で初めて(世界では30例目)の事例でした。

※この前年・1967年12月3日に南アフリカで行われた世界初の心臓移植手術に関する過去記事は、こちら。(↓)



執刀したのは、札幌医科大学の和田寿郎・胸部外科教授(当時46)。


海水浴中に溺死した21歳の大学生の心臓を、多弁障害により人工弁置換術では根治できないとされた18歳の男子高校生に移植したのです。 


       
               
執刀する和田教授(中央)


約3時間半の手術で移植を受けた高校生は、やがて意識を回復。


術後3週間で屋上を散歩したり、メディアにメッセージ音声を公表するなどしました。


         

           術後の高校生と、車椅子を押す和田教授


新聞各紙は手術直後から

『心臓移植ついに踏み切る。涙ぐむ両親、提供者にただ感謝』

『それはまぎれもなく日本医学の黎明を告げた一瞬だった』


などと賞賛。 一躍和田教授は時の人となりましたが・・・その流れは、術後83日目の10月29日に高校生が死亡したことで一転してしまいます。

和田教授は記者会見で 「死因は9月末にかかった血清肝炎で体力が弱った上、気管支炎を併発して喉にからまったタンが呼吸不全を起こしたため」 と発表。

移植手術は成功したものの、別の要因で亡くなった・・・と強調したもの、その後の調査で次々と疑惑が噴出しました。


◆高校生は、そもそも移植手術の必要のない症状だった。


◆ドナーとなった大学生は、人工呼吸により蘇生していたにも関わらず、なぜか札幌医科大学に移送され、そこで筋弛緩剤を注射された。


◆大学生の脳死を証明するべき脳波を取っていなかった。


◆高校生の死亡後、彼の元の心臓が3ヶ月間行方不明になり、発見された時には何者かによって手が加えられていた。


和田教授は1922年に札幌市に生まれ、北海道帝国大学医学部を首席で卒業した秀才。

同大講師を務めていた1950年にアメリカ留学。


の間に世界初の心臓移植を執刀したバーナード医師と知り合い、また犬などを使って動物実験で実績を上げて帰国。

しかしなぜか北大医学部は彼の復帰を許さず、彼は請われて1954年に
札幌医科大学外科学講座助教授に就任し、手術を行った1958年に教授に昇格していました。

周囲の証言によれば、和田教授は自分を追い出した北大に対する敵愾心が強く、また日本初の心臓移植執刀医になることをかなり意識していたとか。


その焦りで死ななくて済んだ患者を殺し、必要のない手術を施したのではないか?

高校生が死亡してから2ヶ月後の12月に、和田教授は大阪の漢方医らに刑事告発されました・・・が、札幌地検は、1970年8月末に不起訴処分を決定。

手術室という密室の行為であったことや、専門分野の医師らから十分な証言を得られなかった結果でした。


2011年に88歳でこの世を去った和田氏は最後まで自分の潔白を主張していましたが、果たして真実は・・・?


       


この手術失敗と告発を経て、我が国では脳死判定の基準・移植手術のルール化が徐々に進みました。

しかし医師たちが尻込みしたのか、その後2例目の国内心臓移植手術が大阪大学で行われたのは1999年。


実に31年もの歳月がかかり、それ故日本の心臓移植は世界から40年遅れた・・・という批判も。


現在世界で行われている心臓移植手術は、年間4,500~5,000例まで増加しているそうな。

それに比して日本は増加傾向にあるとはいえ、臓器提供者の数が少ないこともあり、2016年で51例。




果たしてこの半世紀前の心臓移植手術決行は、日本の医学界にとってプラスだったのか、マイナスだったのか?

その判断は、皆さんにお任せ致します。


 


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