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決 起

「食い物の恨みは怖い」といいますが、それを象徴する事件が、今からちょうど100年前の今日、日本で起きました。 

それは、皆さんも日本史の授業で習ったご記憶があるであろう、


米 騒 動


1914年から始まった第一次世界大戦の長期化によって、日本はヨーロッパからの工業製品受注増加に寄って〝大戦景気〟といわれる好景気に沸いていました。

工業が発達したこと自体は悪い事ではなかったのですが、人員不足解消のため農村から大量に人々が工場へと移動し、コメの生産量が低下してしまいます。

更に賃金上昇に伴う物価上昇が重なり米価は上昇。


これに目を付けた商人が、買い占めに走り、更に農家も売り惜しみ・・・となれば、米価が高騰するのは目に見えています。


政府は1917年9月に 『暴利取締令』 を出したものの、殆ど効果なし。

※ちなみに、「ぼる」「ぼったくる」という言葉がありますが、これはこの〝暴利〟が語源。

1918(大正7)年1月には1石(100升=約180リットル)15円だったのが、6月には20円以上、7月17日には30円以上と、主食が半年間で2倍以上になったのですから、庶民はたまりません。
(当時の一般社会人の月収は18~25円、大卒銀行員で約40円)


これに不満を持った富山県沿岸に住む海運・荷役業者らが、同年7月上旬から米の積み出し停止を要求するようになり、同月23日朝には同県魚津市の主婦40名以上が集まって米の県外移出阻止を訴えた・・・これがいわゆる〝米騒動〟の始まりとされています。


 
          魚津の騒動を報じる富山日報(7月25日付)


新聞がこの騒動を報じたことで世情はますます不安に包まれましたが、政府は8月2日にシベリア出兵を決定したことが商人らの売り惜しみを更に加速させ、米価はますます上昇。


そして決定的だったのは、8月12日に朝日新聞が「鈴木商店が米の買い占めをしている」と報じたこと。

実はコレ、完全な捏造・デマ記事・・・鈴木商店は全く買い占めなどしておらず、逆に安価で手持ちの米を放出しようとしていたのです。

しかし同社は新聞記事を読んで怒った群衆に襲撃・放火され、これが後の倒産に結びついてしまいました。

※鈴木商店に関する過去記事は、こちら。(↓)



同事件をキッカケに、暴動や襲撃は全国に飛び火。

この襲撃を報じた新聞記事が出てから1週間以内に、東京を始め全国の主要都市で騒動・暴動が起きました。


       

             岡山の精米所を襲撃する群衆


暴動が起きるたびに新聞が報じ、それを読んで怒った人々がまた暴動を起こすという悪循環が続き、この動きは更に炭鉱にも飛び火。

治安悪化のため、高校野球の甲子園大会も、中止に。

(※これは長い歴史の中で、戦争以外で中止になった唯一の事例)


こうなると警察ではとても抑えられず、軍隊から約10万人が投入されて、ようやく鎮圧。

9月12日に三池炭鉱の暴動が鎮圧されるまでの約50日間の全国的な〝米騒動〟によって検挙者は25,000人以上。

うち8,523人が検事処分を受け7,786名が起訴され、和歌山県では民衆を扇動した罪で2名が死刑判決を受けたのをはじめ、無期懲役12名、10年以上の有期刑が59名に言い渡されました


しかし結果的にこの騒動は、政界に大きな変革をもたらしました。

シベリア出兵を決め米騒動を拡大させた寺内正毅内閣は総辞職し、代わりに登場したのが、日本憲政史上初の平民宰相・原 敬。


       


マスコミの煽動によって誕生したところは、2009年の民主党内閣と同じ・・・おっと、そんなことを言ったら、原首相に

「おい、宇宙人と一緒にするな!」

なんて、怒られそう。
あせあせ


 


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