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あおいくま

我が愛読誌・月刊『致知』8月号に、タレントの滝川広志さん・・・と言っても、お分かりになる方は少ないでしょうが、芸名なら超有名な

 コロッケ さん

のインタビュー記事が掲載されていました。

様々なものまねで私たちを笑わせてくれる彼が、自らの生い立ちや母親との関わり、そして自らの芸道に関して真摯に語られておりましたので、以下に抜粋・編集にてご紹介致します。

          ◆     ◆     ◆     ◆


僕は昭和35年に、熊本市で生まれました。

家族は母と姉。 遊び人だった父親は僕が物心ついた頃には家に寄り付かなくなっていて、行方不明同然でした。

母は看護助手をしながら子供たちを育てましたが、生活は楽ではありませんでした。

小さな二軒長屋に住み、食事もとてもシンプル。
おかずが三食ともモヤシだったり、お米が無くてアラレだけだったこともありました。

そんな時、母は 「今日のご飯は、アラレたい!」 と明るく言うんです。

それを僕たちも喜んで食べる。


明日の生活もままならないような時に笑顔でいられるこの強さは何なのだろうと、今でもよく考えます。

やはり子供に対する愛情が人一倍強かったからなのでしょう。

そういう母ですから、家に寄り付かない父に対して恨み言めいた事を口にするのを僕は一度も見たことがありません。

「困った時、どうしようかと3日は考える。 でも4日目には悩むのはやめて、1歩前に進むことを考える。 悩んだってしょんなか。」

それが母の哲学でした。


僕が小学校2年生の時、近所に住む3つ年上のガキ大将にいつもいじめられていました。

堪忍袋が切れてしまったのでしょう、ある日母は遂に僕を連れてガキ大将の家に乗り込みました。

出てきたのは、身体が母の2倍はありそうな父親でした。

「子供同士の話に親が出てくることはなかろうもん。」

いきなりそう切り出してきましたが、母も負けていません。

「子供同士って言いなさるなら、あんたがちゃんと子供の躾ばしなっせ。 あんたの子供が年も身体も大きか子に、毎日毎日殴られていじめられていたら、あんたどうすると? どうするとネ!」

最初は居丈高だった父親も、正論で押してくる母に次第に返す言葉もなくなり、すごすごと引き下がりました。


       

その母が、いつの頃からか家の柱にこう書いた紙を貼りつけました。

 あせるな
 おこるな
 いばるな
 くさるな
 まけるな


頭の文字を取って〝あおいくま〟と私が横に読んでましたが、母は笑いながら、

「広志、この言葉だけは憶えておきなさい。 これを覚えておけば大丈夫だから。」

と教えてくれました。


          ◆     ◆     ◆     ◆


コロッケさんは、その母親の猛反対を振り切って芸能人になるべく単身上京し、売れない時代が続いても、この〝あおいくま〟を心の支えとしていたそうです。

それからというもの、僕は事ある毎にこの〝あおいくま〟を思い出し、心の支えとするようになりました。


そして今、ものまね界の第一人者となったコロッケさんは、こう仰っています。

          ◆     ◆     ◆     ◆


僕らの時代には〝石の上にも三年〟という言葉がまだ生きていて、僕自身もそれを自分に言い聞かせながら、ものまねという一つのことに打ち込んできました。


そして10年経った時、もう一つの大切なポイントに気づきました。


それはただ続けるだけではなく、常に変化していかなくてはいけないということです。

会社でもパソコンが使えなければ仕事がこなせなくなったように、淘汰されないために常に変化が求められるのは芸人の世界も一緒です。

そんな思いで創り上げたのが、五木ひろしさんに代表されるロボットバージョンやヒップホップなどのダンスを取り入れたものまねです。


ロボットバージョンも、20年前・10年前のものとは全く動きが違うんです。


一つの芸を取り上げても年々変化できたのは、下積み時代から培ってきた多くの経験が生きてきたからだと思います。

          ◆     ◆     ◆     ◆


芸能界に入って38年も経つコロッケさんがトップの座をキープできるのは、常に変革を念頭に努力を続けているからこそなんですネ。

この母にして、この子在り・・・です。
笑2


 


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