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名 刹

京都に修学旅行する際、ココを見学コースから外す学校は、まずないはず。

それは北法相宗大本山であり、1994(平成6)年にユネスコ世界遺産に登録された


 音羽山 清水寺


この名刹が建立されたのは今から1,220年前の今日のことでした。


       


同寺は778(宝亀9)年、「木津川の北流に清泉を求めて行け」という霊夢を見た賢心(後の延鎮上人)が、それに従って音羽山麓にある滝に辿り着きます。

そこで永年修行を積んでいた行叡居士に出会い、彼から霊木を授かりそれで千手観音像を奉刻し護持するよう遺命を託された賢心は、以後その言葉を守り同地に草庵を作り山を守っていました。


       

                   延鎮上人


その2年後、坂上田村麻呂が妻の病気平癒を願い鹿の生き血を求めて音羽山に分け入った際、賢心と遭遇。

彼から観音霊山での殺生を戒められ、観世音菩薩の教えを諭された田村麻呂は深く感銘を受け、妻共々仏法に帰依。

自宅を仏殿に寄進し、
十一面千手観世音菩薩を御本尊として安置。


       

                  坂上田村麻呂


更に征夷大将軍となり、蝦夷征伐を終えて戻った彼は、延鎮上人と力を合わせて本堂を大規模改築し、798(延暦17)年7月2日に清水寺の建立と相成りました。


しかし残念ながら同寺は応仁の乱などで過去9回も焼失・建て替えを繰り返しており、現在国宝に指定されている本堂をはじめ15もの重要文化財に指定されている建造物の殆どが1630年代・徳川家光の時代に建造されたもの。

それでも400年近くの歴史がありますから、大したものですが。


 


その中でも最も有名なのは、清水の舞台でしょう。

よく思い切った買い物をする時に〝清水の舞台から飛び降りた気で・・・〟なんて言いますが、 この地上約12m、ビルの4階に相当する高さに位置する、釘を1本も使わずに組み上げられた檜舞台から飛び降りた人がいたのか?


       


そう思って調べてみたら、やっぱりいました。 それもかなりの数で。

平成時代になって発見された『清水寺成就院日記』によれば、1694~1864年までの170年間の内欠落した部分を除く148年で、飛び降りた人は累計234名。

そのうち死亡したのは34名だそうですから、死亡率は僅か15%。


なんだ、意外と死なないもんだナ。 じゃあオレも1回試しに・・・なんて思った向こう見ずの方、ダメですょ、飛び降りちゃ。

当時は舞台の下に木々が多く茂っていて、地面も柔らかな土でしたが、今はそんな木もなくコンクリート。

直近では2009年にも飛び降りた人がいましたが、やはり死亡しています。

舞台から飛び降りる・・・つもりになるだけにしておきましょう。
うー




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