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かもめ

今から55年前の今日、人類史上初めて女性が宇宙空間を飛行しました。

第二次世界大戦後に繰り広げられた宇宙戦争の最中に快挙を達成したのは、ソ連の宇宙飛行士


ワレンチナ・ヴラディミロヴナ・テレシコワ さん

              Valentina Vladimirovna Tereshkova


       


テレシコワさんは1937年、モスクワから約280km東にあるヤロスラヴリ州マスレンニコフという小さな村の農家に生まれ、学校を卒業後織物工場に勤務していたごく普通の女性。


ただひとつ他の女性と違っていたのは、22歳から趣味でスカイダイビングをしていたこと。


そして当時アメリカと鎬を削り、1961年にガガーリンの宇宙飛行で一歩先を行っていたソ連は、女性の宇宙飛行を計画。

当局は1962年4月に400人の候補者からエンジニア2名、学校教師・タイピスト各1名と共に、最終候補者5人の中の1人として選ばれたのが、パラシュート降下を90回経験していた工員の彼女でした。


7ヶ月の訓練を経て栄えある女性初の宇宙飛行士に抜擢されたテレシコワさんは、1963年6月16日にボストーク6号に単独搭乗。

打ち上げ後70時間50分で地球を48周軌道飛行し、地球に無事帰還したのです。


       

この快挙にソビエト国内は大いに沸き立ちましたが、自分が宇宙飛行士に選抜されたことを口外しないよう厳しく命令されていたため、彼女は家族にも打ち明けておらず、彼らがそれを知ったのは政府の公式発表の時だったとか・・・いかにもソ連らしいエピソードです。


       


しかしこの快挙、決して計算通りに事は運んでいませんでした。

飛行初日から、設計ミスによって宇宙船は着陸ではなく更に高い軌道・・・つまり地球から遠ざかるようプログラミングされており、テレシコワさんはこれを何とか手動で修正。


(このミスについても、主任設計者から依頼された彼女は30年間沈黙を保っていたとか。)


また(宇宙酔いにより)彼女は嘔吐し、一時はパニック状態に陥ったそうですが、これも当時は公表されていませんでした。


それでも彼女は何とか宇宙船をコントロールし、パラシュートで地上に降下。


しかしその場所は、当初の計画から数十kmも離れていたそうな。

このような事実があったからか、ソ連の女性飛行士が再び宇宙に飛び立ったのは19年も後であり、彼女と共に最終選考に残った4人は結局宇宙に飛び立つことはありませんでした。


故に現在に至るまで、単独宇宙飛行した女性は唯一テレシコワのみ。

ちなみに地上との交信で彼女が発した 「私はカモメ」 という言葉が日本では有名ですが、これは決して彼女のオリジナル・コメントではありません。

実は彼女のコールサインが〝チェイカ〟すなわちカモメであり、単に「こちらチャィカ」 と管制センターに問いかけただけ。

それを日本の新聞社がチェホフの戯曲 『かもめ』 に出てくる台詞と結びつけて 「私はカモメ」 と紹介したのです。

ガガーリンの 「地球は青かった」 同様、これも新聞社お得意の捏造報道だった?
うー


彼女は宇宙飛行した直後に同国では最高の栄誉であるソ連邦英雄を受賞し、ジュコフスキー空軍大学に入学。


1977年に工学博士号を取得した後、1966~74年までソ連邦最高会議の、そして1974~89年まで党中央委員会の一員でした。

その後いったん政界からは遠ざかりましたが、2011年にはプーチン大統領率いる統一ロシアから出馬、下院選に当選して久しぶりに政界に復帰。


昨年プーチン大統領から80歳の誕生日を祝ってもわった彼女は、現在も地域政策問題委員会の副委員長を務めているそうな。


              

若くして事故死したガガーリンと違い、半世紀以上に渡りしっかりソ連・ロシアの看板女性として活躍されている由。

やっぱり、地球は青かっ・・・じゃなくて、女性は強かった!?
あせあせ


 


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