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狙 撃

おそらく私と同年代以上の方は、ご記憶だと思います。
当時としてはかなり衝撃的な出来事でしたから。 その

 瀬戸内シージャック事件

が起きたのが、あのよど号ハイジャック事件から僅か40日余り後、今から48年前の今日・1970(昭和45)年5月12日のことでした。

元大工だった20歳の青年Kは、前日の5月11日に仲間2人と福岡市内で乗用車を盗み、広島方面に走行。

一度は交通違反で捕まったものの、
Kと仲間1人は隠し持っていた猟銃を突き付けて警官を脅した上で刺し、逃走。

山陽本線で広島駅のひとつ手前の横川駅で降りた2人は、山中へ。

翌12日、仲間の1人は取り押さえられたものの、Kは逃走し広島市内の銃砲店でライフルなど3丁と散弾や弾丸を強奪し、タクシーで検問を突破して広島・宇品港に向かいます。


そこに停泊中だった定期旅客船 『ぷりんす号』 に乗り込み、船員・乗客を人質に取って立てこもりました。


その後彼は船長を脅して船を出航させて松山港に入港し人質乗客の解放を条件に燃料を補給、翌13日再び宇品港に戻ります。


Kは父親の説得にも応じずライフル銃を乱射したため、大阪府警は止むを得ず狙撃を実行。

Kは病院に搬送されたものの、死亡しました。 


当時、狙撃の瞬間がTVニュースで放映され、かなりの反響があったことを記憶しています。


※その犯人射殺の瞬間を、こちらでご覧いただけます。【閲覧注意】


    https://www.youtube.com/watch?v=kcFwTWv4cCU


      

           ぷりんす号上でライフルを乱射するK


これは、日本犯罪史上初のシージャック(※これは和製英語であり外国では通じません)事件であり、また初の〝犯人射殺による人質解放・解決〟となった事件でした。

一連の犯行によるKの被疑容疑は殺人未遂・強盗・公務執行妨害・逮捕監禁・艦船損壊・器物破損・強要などの罪であり、彼が撃った銃弾はライフル50発・散弾64発に及ぶ、前例のない凶悪な犯行。


息子を射殺された父親でさえ、

「親として、死んでくれてせめてもの償いができた。 警察に抗議するつもりはない。」

とコメントし、世論も大方は射殺止む無しという空気。


にもかかわらず、北海道の(自称?)人権派弁護士2名が広島県警本部長と狙撃手を殺人罪で広島地検に告発したのです。

しかし当然のことながら、不起訴。 その後広島地裁に特別公務員暴行凌虐罪で審判請求を行うも棄却されました。


銃を乱射する犯人を狙撃した警察(官)を殺人罪で訴えるなんて、世界的に殆ど類を見ない事例・・・日本は本当に平和、いや平和ボケが実在していると言えましょう。


この影響があってか、以後警察は簡単に射撃命令が出せなくなり、1972年の 『あさま山荘事件』 では警官が銃撃なしで解決を目指し、結果的に殉職者2名を出しました。

また1979年に起きた 『三菱銀行猟銃強盗殺人事件』 では、
突入した特殊部隊によって犯人が射殺され解決しましたが、射殺した責任感や苦痛を緩和させる為に誰の射撃が致命傷に至しめたのか解らなくするために一斉射撃した、といわれています。

※三菱銀行での事件に関する過去記事は、こちら。(↓)



その後現在に至るまで、凶悪犯に対する警察側の対応は変化していますが、ますます凶悪化する犯罪が起こりうる現在、もし同様の事件が日本国内で起こり犯人が射殺されたら、再び(自称)人権派弁護士が登場し、殺人罪で警察を告発するのでしょうか?


また、もし犯人が射殺されずに逮捕されたら、心神喪失による無罪を主張するのでしょうか?うー


 


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