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非常事態

世界有数の平和な国、日本。

戒厳令はおろか夜間外出禁止令が出されたなんて、聞いたことがありません・・・が、そんな我が国で過去に唯一〝非常事態宣言〟が出されたことを、皆さんはご存知でしょうか?

それは、今からちょうど70年前に関西で起きた


 阪神教育事件

 


でのこと・・・この騒動の元凶は、在日朝鮮人と共産党でした。

この前年・1947年10月、GHQのマッカーサー総司令官は、日本政府に対し在日朝鮮人を日本の教育法・学校教育法に従わせるよう指令を出しました。

それを受けて文部省は1948年1月、各都道府県知事に朝鮮人学校の閉鎖と生徒の日本人学校編入を通達。

しかしこれに反発した在日本朝鮮人連盟(朝連)が反発し、『三・一独立運動闘争記念日』 に合わせ全国の同胞に闘争を指示。

そして翌月23日朝、大阪城前の大手前公園で朝鮮人が功弾圧反対人民大会を開催。

在日朝鮮人や日本共産党員ら約7,000人が集結し、代表者16人を選んで大阪府知事と交渉を行うことに。

しかし府庁舎で(知事が不在だったため)副知事と交渉するも、決裂。

これに怒った朝鮮人らが大挙して府庁舎に乱入し、知事室を占拠・破壊するという暴挙に出ます。


       


翌日には米軍や武装警察官らと乱闘となり1人が死亡、179人が検挙される事態に。

そして更に酷かったのが、兵庫県。


4月10日に県知事が出した朝鮮学校封鎖命令に、朝鮮人が反発。

同月24日、在日朝鮮人や共産党員らが県庁前に集結し、県知事ら幹部が対策を協議している最中、大阪同様に約100人が電話線を切断した上で県庁舎に乱入。

監禁した県知事に対し暴力的な威圧を加えて朝鮮人学校存続の承認と逮捕された朝鮮人の釈放を強制的に誓約させました。


これを受け、GHQの兵庫県軍政部は同日午後11時に〝非常事態宣言〟を発令。


県知事が無理やり誓約させられた条項を全て無効としました。


               


そして70年前の今日・1948(昭和23)年4月25日早朝、米軍や日本人警察官が県庁内に乱入した朝鮮人らの検挙を開始。

非常事態宣言を解除した同月28日の翌日までに1,590人
(※公安資料では7,295人)が拘束されました。

そのうち主要メンバー23人が軍事裁判にかけられ、その中の唯一の日本人だった
日本共産党神戸市議会議員・堀川一知には重労働10年、残りの在日朝鮮人にも最高重労働15年の刑が言い渡され、刑期終了後は本国に強制送還となりました。

しかしこの騒動に恐れをなした日本政府は、彼らに朝鮮人独自の教育を認め、朝鮮人学校を私立学校として認可するという覚書を交わしてしまったのです。
うー

このヘタレ役人・政治家の弱腰対応が、その後どれほど日本人に不利益をもたらしたか・・・もう説明は不要ですょネ。

※彼らが引き起こした事件は、これだけに留まりません。
>
  その一例が、こちら。(↓)




日本を取り戻すために、放逐すべきは何者か?
その答えは明らかでしょう。

              

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