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破天荒

今日・4月11日は、

 三上 誠三 


の命日・没後3周年にあたります。

・・・と言われても、「それ、誰?」 と首を傾げる方が多いはず。
でも、この画像を見れば、「あぁ、あの・・・」と思い出すことでしょう。

       

そう、〝羽柴(誠三)秀吉〟の名で数々の選挙に出馬しまくって話題をふりまいた、青森県出身の実業家です。

三上氏は、1949(昭和24)年に同県五所川原市で生まれました。

中学卒業後に出稼ぎし、貯めた資金でダンプを1台購入して運送会社を設立。

27歳にして県内の高額所得番付に名を連ねたそうですから、商才はあったのでしょう。

この時期、談合破りをして青函トンネルの土砂運搬工事の仕事を取ったことで同業者から締め出しを食らい、隣県で資材を調達せざるを得ない状況に追い込まれてしまいます。

談合という悪しき慣習を、何としても是正したい・・・それが、政治の世界に足を踏み入れるキッカケだったとか。

しかし、1976年に地元・金木町々長選挙に立候補するも落選。
選挙違反で検挙されるというオマケまでつきましたが、彼はメゲませんでした。

子供の頃、近所の住職に 「お前は豊臣秀吉の生まれ変わりだ」 と言われたことで、羽柴企業グループ社主として事業を営む傍ら、以後の選挙にはその名前で1999年の東京都知事選を皮切りに長野知事選・大阪府知事選・参院選などに立候補。

(本人曰く、あくまでも目標は大阪であり、国政選挙や東京・長野は羽柴秀吉の名をを通称として認めさせるための出馬だったとのこと。)

次男の大和さんと共にテレビにも出演し、城を模した自宅や国会議事堂そっくりの旅館などで視聴者の度肝を抜いて知名度もアップ。


2007年の夕張市長選では、342票差の次点と健闘しましたが、残念ながら17回立候補した全ての選挙に落選。


       

(失礼ながら)日本一有名な泡沫候補だったと言えましょうか。


テレビでは人懐っこい笑顔を振りまいていましたが、家庭の中では超ワンマンの〝鬼父〟だったそうで、子供の友達も怖がって近づかなかったとか。

酒・タバコ・ギャンブルを一切やらず、選挙が生きがいだったという三上氏でしたが、夕張市長選後の2011年に病気が発覚し、療養生活に。

そして2015年4月11日、肝硬変のため65歳でこの世を去りました。

実際に議場に足を踏み入れることは出来ませんでしたが、2009年には3,500万円の私財を投じて私有地にミサイル14基を建設し、

「テポドン2号が飛んできたら迎撃する!」

と怪気炎を上げた三上氏の行動力は、〝遺憾砲〟を撃つだけのヘタレ政治家や害務省には見習って欲しいもの。


       

そんなことを願いつつ、〝昭和・平成に生まれ変わった羽柴秀吉〟のご冥福をお祈り致します。笑3


 


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