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本 四

それは、四国在住の方々にとっての悲願だったかもしれません。

今からちょうど30年前の今日・1988(昭和63)年4月10日・・・我が国先端技術の粋を集めた


瀬戸大橋

が開通しました。

   


その構想は、これよりはるか昔の1889(明治22)年に大久保諶之丞という香川県議会議員が讃岐鉄道開通式の祝辞で、四国と本州を結ぶ橋を瀬戸内海に架けることを提唱したのが始まり。

当時は突拍子もない話だったでしょうが、その後1955(昭和30)年5月に連絡船・紫雲丸の沈没事故により修学旅行の小学生ら168名もの死者が出たことから、香川県議会が『宇高連絡鉄道建設促進に関する意見書』を政府に提出したことから、実現化に向かって動き出します。

この辺り、青函連絡船の洞爺丸沈没事故を契機に青函トンネル建設が決まったのと同じ・・・当然海底トンネル案も出たのですが、最終的には架橋案の採用が決まり、1978年に着工。

それから約10年の歳月と総工費1兆1,338億円の巨費を投じて、路線全長37.3km(鉄道は32.4km)、海峡部9.4kmに吊橋・斜張橋・トラス橋など6つの橋からなる総称・瀬戸大橋が完成したのです。

上部を4車線の瀬戸中央自動車道が走り、下をJR本四備讃線が走る鉄道道路併用橋としては世界最長を誇り、また吊り橋に鉄道を敷設したのは、世界初の快挙でした。




この橋が開通した当時、私は損保の営業マンとして青森支店に勤務していましたが、地元の旅行社が瀬戸大橋観光ツアーを企画し、結構人気を集めたことを憶えています。

もっとも、私は行きませんでしたが。あせあせ


       

さて、この昭和時代最後の大事業に関して、皆さんに是非観ていただきたい動画があります。 それは、


 『プロジェクトX 挑戦者たち
      男たち不屈のドラマ 瀬戸大橋』


ご存じ、NHKの人気ドキュメンタリー・シリーズの中の一作です。

主役は、本州四国連絡橋公団で陣頭指揮を執ったリーダーの杉田秀夫さん。

もう何も説明は致しません。 
番組の一部ですが、とにかくご覧ください。



こんな男になりたい・・・同番組を観た時に私はそう願ったのですが、残念ながらまだ彼の境地には到達していません。

将来四国横断新幹線が開通し、瀬戸大橋を時速160kmで走り抜けたら、1993(平成5)年に62歳で亡くなられた杉田さんは、天国からそれを眺めてきっと微笑むことでしょう。


 


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