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大提灯

東京を訪れる外国人観光客に、スカイツリーや東京タワーなど近代的な建築物とは一線を画した古き良き日本らしい名所として最も有名なのは、浅草寺の

 雷 門

ではないでしょうか。

おそらく彼らが手にしているガイドブックの殆どに写真が掲載されているであろう、この朱塗りの門が落慶したのが、今から55年前の今日でした。


聖観音宗の総本山(※1949年までは天台宗)である金龍山浅草寺(せんそうじ)は、628(推古天皇36)年に現在の隅田川で漁をしていた檜前浜成・竹成 (ひのくまのはまなり・たけなり) 兄弟の網にかかった仏像を、彼らの主人・土師中知(はじのなかとも)が聖観世音菩薩と見立て、自ら出家して自宅を寺にして安置・供養したのが起源とされる、東京最古の寺院。

大化の改新が行われた645(大化元)年には勝海上人が留錫して本堂を修造、夢のお告げにより永代秘仏と定めて厨子に納められて以来、ご本尊は非公開の秘仏として厨子から出されぬまま現在に至っているとのこと。


さて、本題(?)の雷門ですが・・・これは浅草寺の山門。


    


正式名称は『風神雷神門』・・・なので、中心に吊るされている大提灯の表(外)側には雷門と書いてありますが、裏(内)側には略して風神雷門と書かれています。

この門の発祥は942(天慶5)年、安房国太守・平公雅が武蔵国への配置転換を祈願し、それが成就したことから新天地での天下泰平・五穀豊穣を祈願し伽藍などの寄進を行った際に作られたと伝えられています。


浅草寺そのものも、長い歴史の中で火災による焼失・再建を何回か繰り返していますが、この雷門も同じく何度か焼失の憂き目に遭っています。


江戸時代だけで2回罹災し、1866(慶應元)年以降恒久的な建築物としての雷門は姿を消していました。

その雷門を95年ぶり、1960(昭和35)年5月1日に現在の姿に復興させたのは、あの松下幸之助翁。

病気治癒を浅草寺に祈願したところ完治したことで、その御礼として雷門と大提灯を寄進したのだそうな。

さて、その雷門のシンボルとも言うべき大提灯・・・高さ3.9m、直径3.3m、重さ約700kgもあり、1971年からは京都の老舗・高橋提燈さんで約10年に1度のペースで作り替えられているとか。

こんな巨大な提灯、京都からどうやって東京まで運ぶのでしょうネ?

またこの大提灯は、三社祭の際や台風など強風が予想される場合は畳まれるのだとか。

一回その様子も見てみたいもの。

また門に向って右側に配置されている風神像と、左側の雷神像・・・実は胴体が江戸時代の大火で焼けてしまい、現在は頭が江戸時代で胴体は明治時代作の合体モノだそうな。

今度浅草寺に行かれた際は、風神雷神像の首辺りをジックリと観察してみてくださいまし。笑2





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