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タブー

朝鮮半島の西南に位置し、気候が温暖。

ゴルフ場やカジノがあり、観光地としても有名ですし日本からも近いので、行かれた方もいらっしゃるであろう、〝済州島〟。

   

その〝韓国のハワイ〟で、今からちょうど70年前の今日、

 済州島四三事件

と呼ばれる凄惨な島民の大量虐殺事件が起きたことを、ご存知でしょうか?


1945年9月に日本が降伏した後の朝鮮半島は、アメリカの支援を受けた李承晩政権とソ連を後ろ盾にした金日成政権が北緯38度線を境に分断状態となりました。

その状況下、1947年3月1日に済州島内で南北統一を求めるデモを行っていた島民に対し、警察が発砲して6名が死亡。

これは李承晩政権による挑発行為だったようですが、島民はまんまとそれに乗せられる格好で同月10日から全島ゼネストを決行。

更に島民の不満を背景に力を伸ばしていた南朝鮮労働党が、翌1948年4月3日に島民を中心とした武力蜂起を起こしたのです。

これに対し韓国政府は政府軍や警察を大量投入して島民の大掛かりな粛清を行い、朝鮮戦争を挟み1954年9月までに島民全人口の20%にあたる6万人を虐殺。

韓国軍は村を襲撃して若者達を連れ出しては殺害し、少女達は2週間に渡って輪姦・虐待を繰り返された後に惨殺したと言われています。

   


この事件は韓国内でも長年タブー視され、教科書にも掲載されず封印されてきました。

2003年に当時の廬武鉉大統領が初めて島民との懇談会で公式に謝罪しましたが、今でも事件の全容に関しては明らかになっていません。


そしてこの事件、日本にも無関係ではないのです。

この虐殺により島民人口は事件前の28万人から1957年には3万人にまで激減したといわれていますが、ちょっと計算が合いません。

殺害された島民が6万人だったとして、残りの20万人近くはどこに行ったのか?

その多くが、実は難民として日本に渡り、そのまま在日朝鮮人として住みついたのです。


もともと済州島は政治犯などの流刑地・・・つまり日本に逃げ込んできた朝鮮人は、その多くが罪人の子孫ということになります。

最近在日朝鮮人の犯罪率の高さがネット上で問題視されていますが、それと無関係とは言えますまい。

在日朝鮮人が強制連行されてやってきた・・・なんて、とんでもない。


流刑者の子孫である彼らが逃げ込んできて居座っている現状を、日本人は知るべきでしょう。うー



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