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球場の華

皆さんは、1992年に公開された映画 『プリティ・リーグ(原題:A League of Their Own )』 をご覧になったことがあるでしょうか?

第二次世界大戦中の1943年に、徴兵で選手が大量にいなくなったメジャー・リーグに代わる形で発足したアメリカの女子プロ野球リーグを描いた作品なのですが・・・。

トム・ハンクスが監督役を熱演し、史実にある程度沿って作られた同作は、ちょっとジーンとくる中々の出来栄え。

       


出演もしているマドンナが歌うテーマソング “This Used To Be My Playground ” も心に沁みる名曲ですし、是非ご鑑賞をオススメします。


なんでこの映画の話から始めたかというと・・・実は我が日本でも、その女子プロ野球リーグが存在したから。 その

 日本女子野球連盟

が発足したのが、今から72年前の今日・・・終戦直後の
1946(昭和21)年に日本プロ野球が復活して間もなくのことでした。

1947年にビクター横浜、オハイオ靴店、日産自動車、横浜女子商業などアマチュア女子野球の6チームがオール横浜女子野球大会を開催したところ、2万人もの観客が詰めかける大盛況で、新聞やニュース映画に取り上げられて全国的な話題に。

これを銀座のダンスホール 『メリーゴールド』 のダンサーたちが見て、その翌年に野球チームを結成。

横浜大会で2位になったオハイオ靴店と試合をしたところを実業家の小泉吾郎が観戦し、興行を思い立ちます。

そしてメリーゴールドと横浜女子商業を合流させて、同年7月に日本初の女子プロ野球チーム 『ブルーバード』 を結成し、地方巡業を敢行。

更に1949年5月には選手を一般公募して『ロマンス・ブルーバード』を結成。

この公募に際し、「野球の腕前もさることながら、独身で容姿端麗という点も重視した」そうな。

これに刺激される形で、1950年に入ると 『レッドソックス』・『ホーマー』・『パールス』 の3チームが続々と結成。

前述の 『ロマンス・ブルーバード』 と合わせた4チームの代表が連盟を結成することで同意。

日刊スポーツ社に事務方を依頼し、同年3月28日に連盟が結成され、翌月に連盟初の公式戦となる日本女子野球連盟結成記念トーナメント大会が後楽園球場で17,000人の観客を集めて開催されました。

       

しかし当初は物珍しさもあって注目を集めたものの、やがてリーグ内が勝負優先派と興行優先派に分裂。

結局勝負優先派がイニシアチブを取ったのですが、女性の非力さ故に柵越えのホームランが1本も出ないという状況では、観客は集まらず。

結局2年後にはプロから企業出資のノンプロに格下げ。


徐々に下火となり、1959年には同連盟が解散し新たに日本女子野球協会が設立されたものの、1970年に最後まで残っていた女子野球チームのサロンパスが解散となり、消滅してしまいました。

映画 『プリティリーグ』 でもそうでしたが、当時は結婚すると家庭に入る女性が圧倒的に多く選手確保が難しかった点も、ネックになったのでしょう。

しかし2009年には日本女子プロ野球機構が発足し、野球好きの女性に門戸は開かれています。

そして実は1991年、日本野球機構が〝不適格選手〟から 「医学上男子でない者」 という条項を撤廃していますから、実力さえあれば女子選手が巨人や阪神でプレーすることも可能なんです。

現に入団テストを受け、2009年に関西独立リーグのチームに入団し、その後アメリカにも渡った吉田えり選手がいましたし・・・。

もしかしたら、私の眼の黒いうちに本物の〝水原勇気選手〟がグラウンドに立つ日がくる・・・かも? 野球ボール

       


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