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マカロニ

中高年の映画ファンには懐かしい、マカロニ・ウェスタン。
・・・でも実はコレ、
日本でしか通用しないってご存知でしたか?

欧米では〝スパゲッティ・ウェスタン〟と呼ぶのだそうな。

「それでは細くて貧弱そう」 だという事で、映画評論家の淀川長治さんがマカロニに言い換えて定着した、日本独自の造語なんだそうです。

1960~70年代にかけて世界的に人気を得た、そのマカロニ・ウェスタンの生みの親と言えば、この方・・・

 セルジオ・レオーネ

   Sergio Leone


今日は、このイタリアが生んだ名映画監督の命日にあたります。


1929年にローマで生まれたレオーネの父は映画監督で母は元女優・・・もう生まれながらにして映画界に入るのは宿命づけられていたようです。

そして彼自身もそのつもりだったようですが、何故か父親は反対。

しかしその反対を押し切って業界に飛び込み、監督助手などを始めます。


そして父親の友人だったM・ボンナルド監督に目をかけられた彼は、彼の助監督を担当させてもらうと、あの大作 『ベン・ハー』 の第2班監督を担当、あの有名な馬車競争シーンの制作に関わりました。

しかしイタリア映画界は1960年代初頭、『ソドムとゴモラ』 などの大作が次々に失敗して大打撃を被り、瀕死の状態に。

その頃、レオーネはイタリアで上映された黒澤明監督の『用心棒』 を観て感銘を受け、同作を西部劇風にリメイクした 『荒野の用心棒』 のメガホンを取ります。

1964年に公開された同作は、低予算ながら世界的に大ヒット。
これがマカロニ(スパゲッティ)・ウエスタン・ブームの火付け役となりました。

(※もっとも、同作は黒澤明監督の承諾を受けておらず、後に著作権侵害で訴えられてしまいますが・・・。)



その後 『夕陽のガンマン』(1965)、『続・夕陽のガンマン』(1966)と合わせた〝ドル箱三部作〟で、レオーネ監督の名声とマカロニ・ウェスタンというジャンルが確立。

この時に組んだ主演俳優がクリント・イーストウッド。

彼はそれまでアメリカでは芽が出なかったものの、この三部作の人気を引っ提げてハリウッドに逆輸入という形に・・・そして現在までの俳優・監督としての活躍はご存じの通り。


       

         レオーネ監督(左)とイーストウッド



三部作の成功で本場・ハリウッドに招聘されると、超大作 『ウェスタン』(1968)、『夕陽のギャングたち』(1971)を制作。

その後10年以上にわたって充電期間(?)に入ったものの、今度はウエスタンではなくギャング映画の大作 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(1984)で復活。

3時間以上という超長編ゆえ短縮版が公開され当初は酷評されたものの、現在ではギヤング映画の代表的古典作品として高く評価されています。

しかし次回作の戦争映画に手を付け始めた1989年4月30日・・・過労による心臓発作で60歳の人生に突然幕を下ろしてしまいました。

監督としてはこれから、という時だっただけに惜しまれます。

彼がイタリア人だったからなのか、はたまた本家のウェスタン映画からすれば傍流だったからなのか・・・何故かアカデミー賞などハリウッドでの表彰とは無縁だったレオーネ監督。

しかし一流俳優からはその手腕を高く評価されており、またクエンティン・タランティーノやジョン・ウーなど現在活躍する監督の多くが彼を賛辞しています。

それでは最後に、これまた彼との鉄板コンビだった音楽家エンリオ・モリコーネ作曲の 『夕陽のガンマン』(原題:For a Few Dollars More ) を聴きつつ、Mr.マカロニ・ウェスタンの冥福を祈りたいと思います。


    < https://www.youtube.com/watch?v=7ml8OEREiZk >
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