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印象派

・・というと、絵画を連想しがちですが、音楽の世界にもそう呼ばれる方がいます。


その代表的な人物といえば、

 クロード・ドビュッシー

  Claude Achille Debussy


今日は、19世紀末から20世紀初めにかけて活躍した、このフランスを代表する作曲家の命日・没後100周年にあたります。


ドビュッシーは、1862年にパリ近郊のサン・ジェルマン・アン・レで生まれます。


父親は職を転々としており家は貧しく、彼自身は大変内気な子供だったとか。


彼が8歳の時に勃発した普仏戦争でフランスは大敗、パリで大規模な労働者の反乱が起こり、父親がそれに参加して投獄されたため、彼は小学校教育さえ満足に受けられなかったようです。


しかし神様は彼を見捨てませんでした。


カンヌ在住で裕福だった伯母の家に滞在した際、詩人ヴェルレーヌの義母・モォテ夫人からピアノの手ほどきを受ける機会があり、そこで彼の才能を見抜いた夫人はパリで本格的なレッスンを受けさせると、何とその1年後に彼は10歳で試験に合格してパリ音楽院に入学。


成績優秀だった彼は、1884年に芸術専攻の学生にフランス国家が授与する奨学金制度・ローマ大賞を受けイタリアに留学。


1889年には国民音楽協会に入会、同会の演奏会で『牧神の午後への前奏曲』、『版画』などを初演し成功を収め、作曲家としての名声を確立しました。


        ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-Claude Achille Debussy


ドビュッシーの創作は、声楽が始まりでした。


それは18歳の時に声楽サロンのピアニストとして稼いでいた頃、彼の才能を高く評価したヴェニエ夫妻の自宅で彼らの蔵書に収められた詩歌を読み、それに音楽をつけてソプラノ歌手だった夫人に献呈したのがきっかけ。


そこから更に海や雲、絵画などを音楽で表現しようという試みに発展し、それが印象主義と呼ばれています。


『版画』 や 『映像』 という作品名に、それが表されていますネ。


類稀なる才能を発揮したドビュッシーですが、女性関係は超ルーズ。

20歳前から人妻との不倫が始まり、30歳過ぎから交際した女性とは彼女の自殺未遂騒動の末に破局。 同時期に女性歌手とも交際していました。


36歳で結婚したものの、教え子の母親・エンマと浮気した挙句に彼女がピストルで自殺未遂を図り、これが原因で僅か6年で離婚。


しかもその後彼の子を身籠っていたエンマとイギリスに逃避行・・・結局彼女は長女を出産し1908年にドビュッシーと結婚するという、もうドロドロ状態。うー


しかし再婚した10年後の1918年3月25日、芸術家としてはまだこれからという55歳の若さで大腸がんによりこの世を去りました。


彼の生み出した旋律は実に聴き心地のよいものばかり・・・多くの作品がアレンジされBGM等で私たちを癒してくれます。


個人的には特にピアノ曲が大好きなんですが、今日はその中から一曲ご紹介しましょう。


おそらく多くの方が聴き覚えがあると思いますが、ピアノの名曲 〝月の光〟


私はこれを聴くと、映画 『オーシャンズ11』 のラストシーン・・・ホテル・ベラッジオの噴水を思い出します。(




この幻想的な曲を聴きつつ、ドビュッシーの冥福を祈りたいと思います。笑3


 


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