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率先垂範

 明治維新を迎えた我が国では、急速に西洋化が進められました。

その政策のひとつとして1871(明治4)年8月に出された法令が、

 散髪脱刀令

読んで字の如く、髷を落とし、この前年に布告された平民の帯刀禁止に続いて華族・士族にも刀を差さなくて良い・・・というお達しでした。

しかしこの散髪令は、厳密に言えば従来通り髷を結ったままでも良く、つまり髪型は個人の自由で良い、というもの。

従って、髷を切らない人も少なからずいたとか。

また市井の人々はかなり混乱し、自分たちも髪を切らなければならないと勘違いして男性にように短髪にする女性が続出したため、政府は翌年わざわざ 『女子断髪禁止令』 を出すことに。

更に1873(明治6)年3月には、現在の福井県で断髪令に反対する3万人が一揆を起こし、6人が騒乱罪で死刑になるという、のっぴきならない状況となりました。

この事態を鎮静化させるため、あるお方が今から145年前の今日・1873年3月20日、自ら髷を落とされたのです。 

それは、この方・・・

     


 明治天皇

陛下自ら断髪した事で、国内の混乱は沈静化したといわれます。

更には、もうおひとり西洋化に一役買った方が・・・それは、明治天皇の御后・昭憲皇太后

       

御后は日本で最初に洋装した女性と言われており、1886(明治19)年には寝間着を除いて全て洋装に切り替えたそうな。


更には、お歯黒も日本で初めて止めた貴人とも伝えられています。

天皇皇后両陛下が率先垂範されたことで、我が国の西洋化は急速に進みました。


しかし、この様子を見た当時のイギリス人は、著書の中で日本の伝統的な風俗が失われていくのを残念がっていますが・・・。

農耕民族で協調性の高い日本人は、こういう文化の大転換にも柔軟に対応できたわけですが、その一方で極端に走る一面も。

西洋文化吸収に躍起になった反動で、伝統ある日本文化を否定するかのように浮世絵などの文化財が二束三文で海外に流出してしまったことは、実に残念。

〝羹に懲りて膾を吹く〟という諺がありますが、私たち日本人にはこの振幅が広すぎる欠点があることを、しっかり認識しておいた方が良さそうです。うー


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