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戦争犯罪

東西冷戦の最中、朝鮮戦争後に起きたベトナム戦争(1955-1975)。


米ソの代理戦争と言えるこの長期かつ泥沼化した戦争について、アメリカ国内で反戦運動が起きる大きな契機となる戦争犯罪、


ソンミ村虐殺事件
 My Lai Massacre


が起きたのは、今からちょうど50年前の今日でした。

事件の舞台となったのは、南ベトナム・クアンガイ省ソンミ村にあったミライ集落。

    

1968年3月16日早朝、、アメリカ陸軍の第20歩兵連隊第1大隊C中隊に所属する第1小隊が、9機のヘリコプターで同集落に降り立つと、民家や避難壕を捜索。

(1979年公開の映画 『地獄の黙示録』 でワグナーの〝ワルキューレの騎行〟と共に海上から飛来するヘリ軍団の襲撃は、この事件の再現だそうな。)



そして家から出てきた非武装・無抵抗の村民に向かい銃を乱射したり、彼らが逃げ込んだ避難壕に手榴弾を投げ込んだり、手を合わせて命乞いをする村民の胸を銃剣で突き刺すなどして、504人(男149、女182、子供173)もの無差別大量虐殺を行い、家屋に放火。

生存者僅か3人を残して、集落は約4時間で壊滅しました。

    


当初は南ベトナム解放戦線のゲリラ部隊との交戦であったと報告され問題視されず、また現場に居合わせた複数の兵士が事実を上層部に報告したものの、軍はそれを握りつぶし隠蔽。

しかし翌1969年12月、シーモア・ハッシュというフリー・ジャーナリストが雑誌 『ザ・ニューヨーカー』 に記事を掲載したことで事件が発覚。

追随したライフ誌などの報道で、アメリカ軍史上最悪の虐殺事件を国民が知るところとなりました。


当該事件に反しては、部隊を指揮したウィリアム・カリー中尉はじめ将校・兵士26名が軍法会議において殺人罪で起訴されました。

しかし1971年3月に出された判決では、カリー中尉のみが終身刑を言い渡されただけで、他の25人は証拠不十分により無罪。


       

                  William Laws Calley Jr.


その後懲役10年に減刑された中尉は1974年に仮釈放され、国民から非難されました。

(とは言え、終身刑が言い渡された時点では、当時ジョージア州知事で後に大統領になったジミー・カーターがカリー中尉を支援するよう州民に要請するなど多くの州で有罪判決に反対する動きがあり、米国民の79%が有罪判決に不満を示していたとか。)


しかしこの事件が、アメリカの反戦運動に火を点けたのは確か。

そして上層部からの命令だったと主張したカリー中尉が自ら謝罪を口にしたのは、事件から41年経過した2009年のことでした。

こういった戦争犯罪をアメリカは過去に度々起こしていますが、その際たる例が広島・長崎の原爆投下や東京をはじめとする日本各地の空襲であり、その根底には東洋蔑視思想があることを、私たち日本人は忘れてはなりません。
うー

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