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逆輸入

日本画壇に於いて、最高峰に君臨する画家は?・・・そう問われたら、皆さんは誰の名を挙げるでしょうか。 私なら、


 横山 大観 


の名がまず浮かぶのですが・・・今日・2月26日は、この巨匠の命日・没後60周年にあたります。


       横山大観


1868(明治元)年に水戸市に生まれた大観(本名:酒井秀麿)は、当初東京英語学校に入学したものの在学中に絵画に興味を持ち始め、洋画家・渡辺文三郎に鉛筆画を学びます。


20歳の時に母方の遠戚・横山家の養子となり狩野派・狩野芳崖氏に師事した後、1889年に東京美術学校(※東京藝大の前身)第一期生として入学。


卒業後は京都私立美術工芸学校教員を経て、28歳で東京芸術学校の助教授に就任。

       
          
『無我』 1897年 東京国立美術館・蔵


しかしその2年後、排斥運動により尊敬する同校校長・岡倉天心氏が失脚したことで彼自身も辞職し、日本美術院創設に参画することに。


その活動を通して、彼は菱田春草と共に西洋画の画法を取り入れた先鋭的な 〝没線画法〟 を用いた作品を発表したものの、国内では全くと言っていいほど評価されなかったそうな。


そこで彼は海外に目を向けインド・アメリカで展覧会を開いたのですが、これが大成功。


   
重要文化財 『生々流転』 ※一部 1923年 東京国立近代美術館・蔵


引き続きヨーロッパ各地にも作品を持ち込み高い評価を受けたことで、やっと日本国内でも名声を博することとなりました。

海外の
高い評価が、国内での名声を高めるという、まさに逆輸入型。
北野武監督の映画と同じパターンですネ。


 

            『夜桜』 1929年 大倉財団美術館・蔵


1935年に帝国美術院会員となり、2年後には新設された文化勲章の第1回受賞者となります。


1958年2月26日に89歳で大往生を遂げ、その直後に勲一等旭日大綬章を授与された画伯は、まさに日本画壇の最高峰に立つ人物と申せましょう。


また画伯は、無類の酒飲みとしても有名。


毎朝6時に起床すると朝食に2合、昼食に3合。


夕食で飲み始めたら夜9時前後に就寝するまで飲み続けたそうで、しかも 「酒は米のジュースなのだから、米食しなくても同じこと」 という独自の理論(?)に基づいて、米はもちろん殆ど固形物を口にしなかったとのこと。


それで90年近く生き、しかも (現在も東大医学部に保管されているという) 画伯の脳は一般人よりも重く、しかもしっかりとしているそうですから、まさに〝酒は百薬の長〟?    


   

                              『日出処日本』  


ところで、私はかねてより不思議に思っていたことがありました。


それは 『なんでも鑑定団』 を観ていると、実に多数の横山大観・作と銘打った作品が登場し、その殆どが贋作と鑑定されること。


専門家に言わせると横山画伯の画風は模倣しやすいのだそうで、戦前には彼の名を語って各地の名家に出没し、食客となっては絵画を描き残すニセ大観が何人も現れたのが原因だとか。


現在のようにネットですぐ情報を得られる時代ではありませんでしたから、コロッと騙されても致し方なかったのかもしれませんが、それ故に贋作が代を重ねるに従って〝家宝の真作〟として受け継がれているのでしょう。


それらの贋作を〝田舎大観〟と称するのだそうですが・・・もし貴方の周囲に 「我が家には大観の絵がある」 と豪語する方がいらっしゃるならば、一度 『なんでも鑑定団』 へのエントリーをお勧めした方がいいかもしれません。あせあせ

日本を代表する巨匠の生涯に触れたい方は、是非上野・不忍池の畔にある 『横山大観記念館』 に足をお運び下さい。


 ※同館のHPは、こちら (↓)
    http://museum.tachikawaonline.jp/15_yokoyama/


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