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強 奪

最近はあまりニュースで見聞きしなくなった、ハイジャック。

さすがに手荷物検査などが厳しくなってそう簡単には出来なくなっているのでしょうが、このハイジャックが世界で初めて起きたのは、今から87年前の1931年。

南米ペルーで、同国の反政府グループが宣伝ビラを撒くためにパンナムの郵便飛行機を乗っ取ったもの。

なんとも長閑な犯行動機ですが、その後1948年にマカオから香港に向かうキャセイ・パシフィック機が4人グループによってハイジャックされたものの、犯人が格闘の末パイロットと副操縦士を射殺してしまい、犯人1人以外全員が死亡する・・・なんて、マヌケな事件も。

日本初のハイジャック事件が、1970年に起きた 『よど号事件』 であることは皆さんもご存じのことと思います。


※同事件に関する過去記事は、こちら。(↓)



これが極東で起きた最初のハイジャック事件・・・かと思いきや、実は同事件より12年も前に韓国で起きていました。 


それは今からちょうど60年前の今日起きた


 滄浪(チャンナン)号ハイジャック事件


1958年2月16日、韓国の大韓国民航空社(KNA)所有の滄浪号(DC-3)が乗員3名・乗客30名・アメリカ人軍事顧問1名を乗せて釜山からソウルに向け正午前に離陸。


しかし飛行中に乗客に紛れ込んだ北朝鮮の工作員によってハイジャックされ、同国・順安空港に強制着陸させられました。

    

               KNA所有のDC-3同型機


北朝鮮は「大韓国民航空機が自らの意思で国境を越えた」 と主張しましたが、韓国側は北朝鮮工作員によるハイジャックと断定し、国連に対して解決の協力を要請。


2月24日に国連軍の軍事停戦委員会で韓国側が乗客・乗員と機体の返還を要求したものの、最終的にスチュワーデスと乳児1名、実行犯と思われる7名と機体は返還されませんでした。


つまり韓国の所有物と国民2名を拉致・強奪したということ。


当時のKNAは3機のDC-3を含め自社所有の旅客機は5機だけ。

その内の1機を盗られたわけですから、会社としては大打撃。

同社はその後経営危機に瀕し、それを苦にした創業者が2年後に投身自殺。

その後政府が強制買収して大韓航空公社となり、後に民営化されて現在の大韓航空(KAL)となっています。


しかし北朝鮮のハイジャック・強奪はこれだけに留まりませんでした。


1969年12月には江陵発ソウル行きの乗員4名・乗客47名を乗せた同じ大韓航空のYS-11機がやはり工作員によってハイジャックされ、北朝鮮の空港に着陸。


    
              
KAL所有のYS-11同型機


北朝鮮は翌日、操縦士の記者会見を通して 「操縦士2名が自らの意思で北朝鮮に脱出した」 と発表したが、当然のごとく韓国側はハイジャックと断定。


乗員・乗客らの返還を求める国際的世論にもかかわらず、板門店から帰還したのは乗客39名のみで、現在に至るまで残りの12名は戻っていません。


つまり彼らも拉致被害者ということなのです。


そしてもちろん機体も返還されぬまま。
まさに強盗
国家・北朝鮮の面目躍如と言えましょう。


それにしても、私には気になることがひとつ。


2月16日は故・金正日総書記の誕生日で、DC-3ハイジャック事件当時は17歳。


まさかとは思いますが、当時同国首席であった父・金日成が愛する息子の誕生プレゼントに飛行機を与えた、なんてことは?

いずれにせよ、同じ朝鮮人に対してさえこんな犯罪を繰り返す強盗国家相手に話し合いだけで拉致問題を解決できるなどと、私には到底思えません。
うー


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