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破 門

先月、大相撲では日馬富士の暴行事件や白鵬の物言い事件など、モンゴル人横綱の不祥事が立て続けに起き、相撲ファンを落胆、あるいは激怒させました。

それ以前にも朝青龍の不祥事がありましたが、そういったトラブルは何も外国人力士だけが起こしていたわけではありません。

とんでもない騒動を起こした日本人横綱もいました。

その際たる例が、今からちょうど30年前の今日、

第60代横綱
 双羽黒 光司

が起こした、〝部屋脱走・廃業事件〟と言えましょう。

1963(昭和38)年に三重県津市で生まれた双羽黒(本名:北尾光司)は、いわゆる〝花のサンパチ組〟の一人。

身長199cmという日本人離れした体格の持ち主で早くから注目・期待を集めた逸材でした。


       


しかし父親が建設会社の役員を務めていた裕福な家庭の一人っ子だった彼は甘やかされて育ったせいか、立浪親方(元関脇・羽黒山)に少し厳しい稽古をさせられると 「故郷へ帰らせてもらいます」 と口走って反抗。

時には本当に帰ってしまい、怒った父親に追い返されたこともあったそうな。

それでも持ち前の体力を生かして順調に出世した北尾(当初の四股名)は、1986年1月に大関昇進。

そして大関在位僅か4場所で、同年7月には横綱にスピード出世。

ただこの昇進には、多くのファンが首を傾げました。


というのは、同年5月場所は12勝3敗で準優勝、7月場所も14勝1敗で本割では横綱・千代の富士に勝ったものの、優勝決定戦では破れていたから。

横綱に推挙する条件としては、〝大関で2場所連続優勝もしくはそれに準じる成績〟が求められているのに、彼は1場所も優勝していなかったのです。

それでも将来性を買って横綱に昇進できたのは、千代の富士が長らく1人横綱だったことが大きな要因・・・つまり大相撲のバランス感覚が強く働いたと言えましょう。

横綱審議委員の一部からは、彼の精神的な甘さ・未熟さを指摘する声が上がっていたのですが、残念ながらその懸念は当たってしまいました。

横綱昇進後、双葉山と羽黒山の名を合わせた〝双羽黒〟と四股名を変えたものの、直後に食中毒と虫垂炎で入院したり、3月場所は頚椎捻挫で3勝3敗から休場。

7・9月場所は一桁の勝ち星に留まり、11月1月場所では連続して優勝決定戦で敗れ、周囲の期待を裏切ります。


それでも次の1月場所こそは・・・というファンの願いを、双羽黒自身の愚行で絶ってしましました。

1987(昭和62)年12月27日、「不味くてちゃんこが食えない」と言って激怒、引き止めようとした女将さんを突き飛ばし部屋を飛び出してしまったのです。

もちろんそれ以前に親方との確執があったことが伏線となっており、その時の状況に関しては親方・双羽黒双方の言い分が違っていますから一方的に双羽黒に非があるとは言えません。


が、いずれにせよ角界の最高位である横綱として許される行為ではないでしょう。

結局、部屋近くのマンションに引きこもって出てこない双羽黒の廃業届を親方が協会に提出し、大晦日に承認されました。

有体にいえば、相撲界から〝破門〟されたということ。


       

結局は、規定を無視する形で無理やり横綱にした相撲協会の甘い判断が、とんでもない結果を招いたと言えましょう。

その後はスポーツ冒険家、プロレス、異種格闘技など転々とし、そのいずれでも周囲との軋轢を起こして長続きしなかった北尾さんは、2003年には立浪部屋のアドバイザーにもなりましたが、現在はどうしているのやら?


       


記録が明確に残っている中では、史上唯一幕内優勝経験がない横綱としてその名を残すこととなった彼が相撲界に残した功績(?)は・・・と言えば、協会がそれ以降横綱昇進に関してより厳格な運用をするようになったことくらい?

しかし2014年5月の鶴竜と2017年1月の稀勢の里の2力士は、またしても2場所連続優勝なしで横綱に昇進。

その後2人の戦績を見れば、やはり相撲協会の見通しと体質の甘さは変わっていないようです。
うー

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